ご近所の平和を守るため、夫のアレが欲しいんです!
 神社の境内に入ると、父がすでに準備をして待っていた。

 参道のすぐ横のちょっとした空き地に、忌竹(いみだけ)と呼ばれる青竹を四本、四角くなるように地面に立て、それにしめ縄が張ってある。

「……祓所(はらえど)だ」

 驚いて呟いてしまった。

 通常の厄除けの儀式などは神社の建物、拝殿で行われるけれど、祓所はこんな風に別の場所にわざわざ斎場(いつきば)をつくり、浄化の効果を増大させている。近所の悪霊が気になることも、今日、説得をしてみることも父には話していたけれど、ここまできちんと対応してくれるとは思わなかった。

 私は手水舎(ちょうずや)で手を洗い、口をすすぎ身を清めると、祓所に設置された台にご祝儀袋を置いた。

「ご苦労様。また随分と可愛らしいものを選んだな」

 ちょっと呆れたような口調で父が言う。

「こっちは必死の交渉でこの袋の中に悪霊を収めたんだから、いいでしょう」

 大仕事を終えた娘になんてことを言うんだ。あからさまにムッとした顔をして反論すると、父が苦笑しながらすまんと謝った。

「では、始めるか」

 二拝をし、父が祓詞を唱える。さすがに長年宮司をしているだけあって、いい声と詠唱だ。私では到底及ばない荘厳さでこの場を浄めると、大麻(おおぬさ)を振り、穢れを祓ってゆく。ご祝儀袋の中の霊もだけれど、私にもついた穢れがこれにより祓われて、気持ちが軽くなった。

 祓の神事、修祓(しゅばつ)は滞りなく済み、日常が戻った。私がお手伝い出来るのはここまで。後の諸々は、宮司である父の仕事。

 儀式が終わると私は社務所に入った。街の小さな神社は、働かない職員を置いておく余裕は無いのだ。朝からの大仕事で今日一日がもう終わったような気分だけれど、業務的にはこれからがスタート。クロもさっきまでの気迫は何処へやら、すっかり気の抜けた雰囲気で私の足元に寝そべっている。

「クロもお疲れ様」

 そう言って頭を撫でる。実体は持たないクロだけれど、こう言う時は不思議と実際に犬を撫でたような気分になる。

 私はしばらくクロを撫でることに熱中すると、気持ちを切り替えて伝票整理の業務に戻った。
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