ご近所の平和を守るため、夫のアレが欲しいんです!
 電気を落とした暗い室内。それでも夜目に慣れれば、夫が目の前の妻を眺めることは可能だろう。彼が妻の寝息を聞きつつ、寝顔を堪能していることは容易に推測できた。そしてしばらくした後、彼女から離れてベッドの端に腰掛けると、犬のいる方に顔を向ける。

「クロ様」

 呼びかける声は静かで、妻を起こさないように気を遣っていた。

「紗江の腕に二箇所、痣が出来ていました。あと、擦過創も。これは?」

 口調は丁寧だが、冷やかだ。呼び掛けられたクロは、ぴくりと身動ぎする。

「決して危険な目には合わせないと、そう仰っていたはずですが?」

 怒りを抑えた声。クロはやれやれとため息をつく。

「仕方ないであろう。紗江が油断したのが、いけない」

 己の姿を認知して駆け寄ってきた幼児を気に入り、クロと名付けることを許した。将来を考慮し、いったん彼女の「眼」を塞いだが、この男と出会ってまた開いたのは誤算だった。だがそれも縁というものだろう。再び紗江に話しかけられる日々が始まったことに満足はしているが、神使として彼女を甘やかすつもりはクロには無い。

 だが目の前の、紗江の夫はそんなクロの態度を良しとしなかった。

「約束を、したはずです。あなたが護ると言ったから、俺は紗江の『眼』を塞がなくても良いと言ったんだ」

 神様のお使いである己に対し、本気で憤っている。妻可愛さとはいえ、面白い男だなとクロは密かに笑いを漏らした。

「クロ様?」

 その気配を敏感に感じ、慶一の目尻がぴくりと引きつる。

 紗江を守護する神やクロは、紗江のその力の強さゆえに、『眼』を塞ぐことにした。一方、慶一を護る存在は、彼の『眼』を塞ぐ代わりに、見えたものを理解する能力を鈍らせた。彼の眼には最初からクロは映っていたが、それがなんであるか考えることもなく、疑問に思うこともなく通り過ぎて行ったのだ。

 そして二人が初めて体を繋げた時、二人の力は干渉し合い、その縛りを叙々に解いていった。二十年ぶりに紗江がクロの影を発見し、驚いた時、慶一もまたクロを見つめていた。

 そして今、彼は堂々と、彼女を護る存在に喧嘩を売っている。

「そんなに心配なら、お前もついて来れば良い」

 そう言うクロの口調は完全に面白がっている。

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