ご近所の平和を守るため、夫のアレが欲しいんです!
3. あれ
 そうっと辺りを見回す。平日の住宅街。出勤と登校ラッシュは過ぎたようで、今は私以外の通行人の姿は見えない。うん、大丈夫。

 覚悟を決めると私は姿勢を正した。腰を九十度に折り、先ず二回、悪霊に向かって拝をする。そして相手に伝わるように、心を込めて祓詞(はらえのことば)を詠み上げた。

()けまくも(かしこ)伊邪那岐大神(いざなぎのおほかみ)
 筑紫(つくし)日向(ひむか)(たちばな)の──」

 これは、この悪霊を追い払うための言葉では無い。悪霊に話しかけるため、先ずは自分の穢れを祓い清め、そして貴方様と話がしたいんですよ、と伝えるための祝詞(のりと)だ。

 祓詞を詠み上げると、二拝二拍手一拝をして顔を上げる。すると、ポッカリと目と口の部分が空洞になった、人の形をした異形のものがこちらを見ていた。

 良かった。私の声が届いた。

 悪霊度合いが進むと、私程度の祓詞では聞こえないのか、認識されない。こちらを見ているということは、私の話を聞く耳を持っているということだ。取り敢えず第一関門は突破した。

 なんてつい気を緩ませたら、そのタイミングで突風が吹き、小石が飛んできた。

「わっ!」

 とっさに腕を払って防御するけど、腕にいくつか小石が当たる。聞く耳を持っているからと言って、こちらの話を聞いてくれるとは限らない。そんな当たり前の事を忘れていた。

 慌てて次の攻撃に備えようとすると、黒い影が私を守るように前に割り込み、唸り声を上げた。クロだ。悪霊がその声にびくりとし、禍々しい気が一瞬揺らぐ。

「ありがとう、クロ」

 お礼を言うと、クロがちらりを振り返り、ふんと鼻を鳴らした。ああ、これ、お前が油断してるからだぞって言ってるな。

 はいすみませんでした。と神妙な顔を作ってから、再度悪霊と向き直る。

「突然の呼び掛け、失礼いたしました。私はこの近所にある神社の氏子でございます」

 どうぞ私の「言葉」が届きますようにと、腹に力を込め、真っ直ぐ向き合う。

「この度は、貴方様に私共の神社で祀られていただきたく、お伺いに参りました」

 ここで区切ると、私は敢えて黙った。悪霊からは疑念が湧き起こり、それがこちらにひしひしと感じられる。

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