王女の選択
カーラは微動だにせずジェラルドを見つめていた。ジェラルドは何事もなかったようにグラスを少し傾けながら揺らすと、目を閉じたままワインの香りを堪能した。
「ルドルフ殿がおっしゃる通り、このオーク材特有の芳香とベリーの甘酸っぱさがワインを引き立てていますね。さすが、結婚年にふさわしいワインだ」
ジェラルドはゆっくり目を開けると、ルドルフの表情を吟味するように注視した。しばし顔を俯かせていたが、ルドルフは突然大笑いをすると立ち上がって、左手を差し出した。
「ジェラルド殿。完敗だ。カーラを連れていくといい」
ジェラルドも立ち上がるとルドルフの手を固く握りしめ、初めて緊張を緩めた表情でほほ笑んだ。
カーラは二人の手を見下ろしていた。
最後の最後までグラスの縁に毒を塗るか迷ったが、やはりできなかった。
後はルドルフが毒を塗っていないと知ったときどうするか。
それだけがどうしてもカーラにはわからなかった。でも今、父はジェラルドを敵としてではなく、未来の義理の息子として受け入れたのだ。
二人の男が穏やかに握手をしている光景が信じられず、両手を口元に当てて呆然とその姿を見つめていた。
その時、カーラの視界の端でゆっくりと動くものがあった。
視線を向けるとルドルフが背後に回した右手に短剣が握りしめられていた。