エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
路地に人通りがほとんど無いことを確認してから、電信柱の影に隠れるように隼人と向き合い、掴んでいた彼の手首を解放する。
「えーっと、脱毛はしませんでした。顔のお手入れをしてもらっただけです」
「あ、そういえば何時もより化粧が濃いかも」
言われてやっと気が付いたという隼人を、ムッとなった麻衣子は眉を寄せて見上げる。
流行りのメイクを施してもらったというのに、全く気が付いてくれないとは斎藤課長モードではない彼はどこか抜けているらしい。
「足、確認させて」
ひざ丈のスカートの中へ入り込み、レギンスのウエスト部へ触れようとする隼人の手を押さえて、麻衣子は彼の目をじっと見詰める。
「隼人さんは、私の足だけが好きなの?」
自分から訊いたのに麻衣子の心臓の鼓動が速くなり、激しく脈打つ音が彼に聞こえてしまっているのではないかという不安を抱く。
眉尻を下げて泣き出しそうな顔になった隼人は、不安に揺れる瞳で見上げてくる麻衣子の頬に手を添えた。
「足の感触も好きだけど、思ったことが直ぐに顔に出るところと、美味しいものを食べると全身から幸せそうなオーラを出すところ、何度も抱いているのに俺の下で恥ずかしそうな反応をするところ、時々悶えたくなるくらい可愛いことを言い出すところ、麻衣子さんの全部が可愛いし好きだと思っているよ」
「私は……」
初めて肌を重ねる前、言えば引かれるであろう性的嗜好と正直に話してくれた彼に、今、麻衣子に対する気持ちを正直に話してくれた彼に、きちんと向き合わなければならない。
「私も、隼人さんが好き。足の剃りあとが好きな変態でも隼人さんが好きなの。この前は、嫌いって言ってごめんなさい」
喉の奥から絞り出した声は震えていて、泣きたくなるのを堪えているせいで鼻の奥がツンと痛む。
「じゃあ、じゃあ、お試し期間だけじゃなくて、これからも一緒にいてくれる? また俺に毛を剃らせてくれる? 撫でさせてくれる?」
両目いっぱいに張った涙の膜で視界が歪む中、麻衣子はコクリと頷く。
「麻衣子さんっ」
感極まった隼人は、堪えきれずに泣き出す麻衣子の体を抱き締めた。
甘い雰囲気は皆無の路上で交わした愛の告白と、せっかくエステで綺麗にメイクをしてもらったのに「綺麗だ」とか素敵な褒め言葉は言われなかったことに、少しだけ落胆した。
それなのに手を繋いで歩き出すと、麻衣子は好きな人と一緒に歩けて幸せだなと感じ、笑顔になる。
「どうした?」
「隼人さんと両想いになれて、手を繋いで歩けて嬉しいなって思っていたの」
「どうして、そんなに可愛いことを言うんだ。我慢しているのに、今すぐホテルに入りたくなるじゃないか」
右手で顔を覆った隼人は耳まで赤く染めて、はぁっと息を吐き出す。
足のムダ毛が伸びてきた感触が好きという斜め上の変態嗜好の持ち主であっても、二日離れていただけで寂しくて堪らないと思うほど絆されてしまったのだ。
この変態な男のことを可愛いと思ってしまったら、この先ずっと彼を突き離せないんだと麻衣子は実感していた。
胃袋も体もがっちり掴まれてしまった上に、時折見せるわんこな顔に負けてお試し期間終了前に付き合うことを了承してしまった麻衣子が、自分が知らぬ間に斎藤課長によって外堀は埋められて逃げ道は全て塞がれてしまったと知るのはこの二か月後のこと。
社員達の前で斎藤課長の本社への異動を発表する坂田部長の隣に立ち、別れの挨拶をする彼の口から飛び出した「須藤麻衣子との婚約宣言」で社員達は騒然となった。
悲鳴を上げた女子社員の隣で、誰よりも驚いていたのは麻衣子本人だったという。
(こういえば昨夜、婚約がどうたらこうたらって、お酒に酔ってうとうとしている時に言われた気もする。でもでもでも! こういう大事なことはちゃんと起きている時に先に相談してー!!)
周りからの嫉妬と羨望、祝福と興味の視線が集中する恥かしさで、麻衣子は俯いて両手で顔を覆った。
「えーっと、脱毛はしませんでした。顔のお手入れをしてもらっただけです」
「あ、そういえば何時もより化粧が濃いかも」
言われてやっと気が付いたという隼人を、ムッとなった麻衣子は眉を寄せて見上げる。
流行りのメイクを施してもらったというのに、全く気が付いてくれないとは斎藤課長モードではない彼はどこか抜けているらしい。
「足、確認させて」
ひざ丈のスカートの中へ入り込み、レギンスのウエスト部へ触れようとする隼人の手を押さえて、麻衣子は彼の目をじっと見詰める。
「隼人さんは、私の足だけが好きなの?」
自分から訊いたのに麻衣子の心臓の鼓動が速くなり、激しく脈打つ音が彼に聞こえてしまっているのではないかという不安を抱く。
眉尻を下げて泣き出しそうな顔になった隼人は、不安に揺れる瞳で見上げてくる麻衣子の頬に手を添えた。
「足の感触も好きだけど、思ったことが直ぐに顔に出るところと、美味しいものを食べると全身から幸せそうなオーラを出すところ、何度も抱いているのに俺の下で恥ずかしそうな反応をするところ、時々悶えたくなるくらい可愛いことを言い出すところ、麻衣子さんの全部が可愛いし好きだと思っているよ」
「私は……」
初めて肌を重ねる前、言えば引かれるであろう性的嗜好と正直に話してくれた彼に、今、麻衣子に対する気持ちを正直に話してくれた彼に、きちんと向き合わなければならない。
「私も、隼人さんが好き。足の剃りあとが好きな変態でも隼人さんが好きなの。この前は、嫌いって言ってごめんなさい」
喉の奥から絞り出した声は震えていて、泣きたくなるのを堪えているせいで鼻の奥がツンと痛む。
「じゃあ、じゃあ、お試し期間だけじゃなくて、これからも一緒にいてくれる? また俺に毛を剃らせてくれる? 撫でさせてくれる?」
両目いっぱいに張った涙の膜で視界が歪む中、麻衣子はコクリと頷く。
「麻衣子さんっ」
感極まった隼人は、堪えきれずに泣き出す麻衣子の体を抱き締めた。
甘い雰囲気は皆無の路上で交わした愛の告白と、せっかくエステで綺麗にメイクをしてもらったのに「綺麗だ」とか素敵な褒め言葉は言われなかったことに、少しだけ落胆した。
それなのに手を繋いで歩き出すと、麻衣子は好きな人と一緒に歩けて幸せだなと感じ、笑顔になる。
「どうした?」
「隼人さんと両想いになれて、手を繋いで歩けて嬉しいなって思っていたの」
「どうして、そんなに可愛いことを言うんだ。我慢しているのに、今すぐホテルに入りたくなるじゃないか」
右手で顔を覆った隼人は耳まで赤く染めて、はぁっと息を吐き出す。
足のムダ毛が伸びてきた感触が好きという斜め上の変態嗜好の持ち主であっても、二日離れていただけで寂しくて堪らないと思うほど絆されてしまったのだ。
この変態な男のことを可愛いと思ってしまったら、この先ずっと彼を突き離せないんだと麻衣子は実感していた。
胃袋も体もがっちり掴まれてしまった上に、時折見せるわんこな顔に負けてお試し期間終了前に付き合うことを了承してしまった麻衣子が、自分が知らぬ間に斎藤課長によって外堀は埋められて逃げ道は全て塞がれてしまったと知るのはこの二か月後のこと。
社員達の前で斎藤課長の本社への異動を発表する坂田部長の隣に立ち、別れの挨拶をする彼の口から飛び出した「須藤麻衣子との婚約宣言」で社員達は騒然となった。
悲鳴を上げた女子社員の隣で、誰よりも驚いていたのは麻衣子本人だったという。
(こういえば昨夜、婚約がどうたらこうたらって、お酒に酔ってうとうとしている時に言われた気もする。でもでもでも! こういう大事なことはちゃんと起きている時に先に相談してー!!)
周りからの嫉妬と羨望、祝福と興味の視線が集中する恥かしさで、麻衣子は俯いて両手で顔を覆った。