エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
 焦って両足を動かそうにも、今度は両足ともがっちりと押さえられていて大した抵抗にはならない。

(うあぁあー! 脛ぇ! 絶対にジョリジョリしてるぅー!)

 羞恥で顔を真っ赤に染めた麻衣子は、心の中で声に出せない叫び声を上げた。

 昨日の夜、入浴時にシェーバーでムダ毛の処理はしたとはいえ、直に触れられれば伸びてきた毛の存在が分かってしまう。
 逃げ出したいのに押さえ込まれて、万全の状態ではない脹脛を撫で回されるのはもはや拷問だった。
 羞恥心から麻衣子の瞳に涙の膜が張っていく。

「ひっ」

 震える麻衣子をよそに、下方へ移動した斎藤課長は脹脛に頬擦りをし始める。
 伸びた脹脛のムダ毛が彼の頬を擦る感触が直に伝わり、羞恥のあまり体を震わす麻衣子の瞳から涙が零れ落ちた。

「いやっ止めて! 触らないで!」
「ああ、思った通り最高だよ麻衣子さん。それに、この俺を拒絶する女がいるなんて。はぁ、嫌がられるのもいいものだな」

 興奮して目元を赤く染めた斎藤課長は、ニヤーという効果音が付きそうな厭らしい笑みを浮かべ、震える麻衣子の脹脛に舌を這わす。

 観賞用なら部署NO1、女子社員憧れの斎藤課長の信じられない一面を知ってしまった上、息を荒くしながら脹脛を舐めるという気持ちの悪い行為をされて、麻衣子の嫌悪感と危機感は限界点へ到達した。

「いやぁああ!! 変態―!!」

 必死で頭の上へ手を伸ばした麻衣子は枕元に置いてあった金属の塊、目覚まし時計を掴むと、脹脛への夢中で頬擦りしている斎藤課長の頭部目掛けて振り下ろした。

 ガシャン!!

「ぐっ!?」

 目覚まし時計が頭部へ当たる派手な音と、くぐもった呻き声で麻衣子はハッと我に返る。
 上半身を起こし右手で持つ目覚まし時計と、麻衣子の股の間へ突っ伏して動かない斎藤課長を交互に見て、全身から一気に血の気が引いた。

「斎藤課長……?」

 震える声で呼びかけても、ベッドへ突っ伏した斎藤課長はピクリとも反応を示さない。さらに、目覚まし時計が当たった後頭部からは鮮血が流れ出した。

(ひぃぃ! 殺っちゃった!?)

 片手で持っていた目覚まし時計を落として震えだす麻衣子の脳裏に、『痴情のもつれか!?』『男女関係のトラブルか!?』という新聞の三面記事の見出しが浮かぶ。
 混乱のあまりに頭の中の三面記事がグルグル渦巻いていき、大爆発を起こした。

(せ、正当防衛よ! こんな変態のせいで犯罪者になんてなりたくないわ! こうなったら、逃げるしかないぃ!)

 ベッドから飛び下りた麻衣子は、サイドテーブルへ置かれていたバッグとジャケットを掴む。
 一度だけベッドで倒れた斎藤課長の方を振り返るが、そのまま部屋を飛び出していった。



 ホテルを出た麻衣子は、スマートフォンの地図アプリでホテルの位置を確認し此処が繁華街の中にあるラブホテルが建ち並ぶ一角だと知る。
 早朝の大通りはほぼ無人で、目撃者の少なさに安堵の息を吐く。
 激しい動悸で吐きそうになりながら、通りがかったタクシーに飛び乗り自宅アパートへ帰った。

(何だったのアレ。それに、どうしよう。私、斎藤課長を殺しちゃったかもしれない)

 もつれる足を必死で動かして自室へ戻り、ベッドへ倒れ込んだ麻衣子は布団をかぶって震える。

 夢だと思いたいのに、斎藤課長に脹脛を舐められた唾液で濡れた舌の感触は残っていた。


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