空の表紙 −天上のエクレシア−
…ああ、これは
いつもの夢だな、と
彼は思った
赤 青 黄色。
小さく仕切りで分けられた
白いパレットの中で色が混ざる
それがいつしか灰色になって
巨大な渦になる。
…こっちにそれが向かって来る
(射抜かなきゃ!
だって俺は……だから
だが矢は渦を通り抜けるだけ
(ひ!?
立派な……に
ならないと………に怒られる!!
ありったけ放ち最後の一本になる
感情の入っていない悲鳴が
自然に上がる
そしてその自分の声で目が覚めた
「ガーネット?」
窓からの逆光
ベット脇にはカンバス。
今日までの依頼で
急いでいた物だ
名を呼んだ女性は誰だっけ…
「ああ…ミサだ…」
何を今更と彼女は吹き出す
しかしハッと我に返った様に
彼の枕元に駆け寄る
「まさか記憶戻…」
「…違うよ。夢怖いの見ただけ
あ!先に絵やっちゃうよ」
やつぎ早に言いながら
ミサの頬に口付けする
−春先
彼は近くの雪深い森の中で
酷い怪我を負って倒れていた
薪を拾いに来たミサと子供が助けなければ
今頃、そのまま体温と血を失い
土に還っていただろう
ミサは戦災で夫とはぐれ
知り合いを頼りこの国に来た
寂しさは日々募る―…
そんな時に彼が現れた
やさ男に見えた彼は
思いの他働き物で
子供と共に描いた絵は驚く程巧かった
内緒でそれをミサが店に持ち込むと
次の依頼をされてしまった
人を怖がる彼の為
町へは彼女が出向く
午後には絵を持って町へ行き
少し買い出しする予定だ
ひと月後の建国祭
一緒に行きたい気持ちも本当だが
それをきっかけに
記憶が戻ってしまったら
…彼を本来の場所に返す気が
無い訳じゃない
でも今は、嫌だった
「出来た!あ!待って」
外しかけたカンバスを元に戻すと
右下に小さく緋色で名入れする
―ガーネット―
唯一彼が覚えていた名前
絵を描いた後に
無意識に書き込んだもの
「行って来ます。夕方には戻るね」
その声を後ろに
ガーネットは窓から、空を見上げる
「――変な色…」