この世界は、真夏でできている。
なぜか、自分の中でこのまま、

“知らない人”のままでいたいと思っていた。


どうしてかはわからない。

でもなんとなく、思い当たる節があった。

2日前、あの小説に、捨てたくなるほどに、嫌悪感を抱いた理由。


“知られちゃいけないこと”があるからだ。

知られたら、崩れてしまうような、

崩れたらもう二度と、組み立てることができないような…。

「優介。もしさ、私の事思い出したら…」

そう言って彼女は自分の鞄の取っ手を握った。

がすぐに、「やっぱやめとく」

と放った。

「……は?」

「まだやめとく!10年でも、20年でも、待つから」

僕は、彼女にこれからもずっと、こうやって待たせ続けなければならない。

“知らない人”のままでいたいなんて、いってる場合ではない。

思い出さなければならない。

例えそれが、僕にとって、残酷だったとしても。


「…早く思い出すよ。俺も、思い出したい」

ひひっ、と彼女はまつ毛を濡らしたまま笑った。

「じゃあ、明日!5時に空雪駅ね!」

「おう」


じゃあ、また明日ね、と僕は彼女と別れた。


その頃には、空は深い青に塗り替えられてしまっていた。
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