この世界は、真夏でできている。
出店が出始めるまでおそらくあと1時間ほど時間が空いている。

海の近くだからか、潮風が吹き夏の終わりにしては少し涼しいように感じる。

「まだあんまり人賑わってないね」

「6時過ぎたら急に増えだしそうだしな」

「たしかに。じゃあ、今のうちにふらっと散歩でもしとこうよ」

「海…行っとこうか」

「えっ?海って…優介、平気なの?」

駅から既に真っ青な海が見えていて、心をざわつかせていた。

しかし彼女の香水が潮風と混じり、僕の鼻を心地よくさせているのも事実だ。

ずっと怯えているだけではもう駄目だと感じた。

この穏やかな時間に、僕は恋をしているのかもしれない。

記憶を失ってから、こんなに振り回され、感情をかき乱されたことはなかった。

彼女がある意味、僕のまっさらな記憶を、たったひと夏で彩らせてくれた。

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