寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい
二十四
 (……ナサ)

 少し離れた先に半獣ではなく、獣人の姿で腕組みをするナサがいた。ミリア亭の後ーーこの時間は騎士団との合同訓練のはずなのにどうしてナサがここにいるの。

 驚いていると、

「ケッ、お前はまったく話を聞かない、人間だな……」
「にん……げ……ん?」

 低い声、いつも"シッシシ'とミリア亭で笑う可愛い表情ではなく……目が据わり睨まれた。

「リーヤ、いくらお前が頑張っても、人間は俺達よりも弱い。努力するなど無理だやめておけ」

(お前? 人間は弱い?)

 その言葉にムッとして、わたしは声を荒らげた。

「うるさいわ、あなたにはまったく関係のない事よ。わたしには、わたしの目標があるの、ほっといて!」

 いまは三キロ減だけど、自分の夢の為に努力をするんだと前に立つナサを睨みつけた。キツイ言葉遣いと表情を見てかナサの口元がピクリと上がる。

「ハ、ハハ、なんだリーヤ……ミリア亭の時は随分と雰囲気が違うな」

「違わない、どっちもわたしよ。ナサ、あなただって違うじゃない……」

「それはお前がおとなしく家にいないからだろう?」

(わたしが家にいない?)

まさかミリア亭からわたしの後を着いてきたんだ、音も無しにか……そう、彼は獣人だった。

「わかった、体を動かしたらすぐ家に帰るわ。ナサは関係のない人間なんてほっといて、訓練に向かったら?」

 強めに言うと、ナサは呆れた顔とフウッと息を吐き、首を振る動作をした。

「それがさぁ、ダメなんだよ。これはアサト隊長命令なんだよ。家に帰り、おとなしくするまで、お前を見ていないとダメなんだとよ」

 ナサはこれから夜の警備の仕事があるのに、これ以上ここにナサを止まらせるわけにはいかない。

「わかった、帰るわ。これでいいのでしょう?」
「ハッハ、それでいい」

 木刀を持ってナサの横を通り過ぎようとしたとき、ガサッと茂みが動いた、わたしは気が立ち、頭にも血が上っていて周りが見ていなかった。

「きゃっ!」
「ちょっ、おい……リーヤ」

「えっ、何? なに?」

 パニックになり、隣のナサに飛びついていた。

「リーヤ、落ち着け、大丈夫だ。出てきたのは野ウサギだから」

「えっ、野ウサギ?」

 ナサに言われて音のした方を向くと、茂みから可愛い野ウサギがピョンピョンと跳ねて、違う茂みに入っていった。

 なんてこと、いくら怒りで周りが見えていないからって取り乱した。わたしはナサからすぐに手を離して、後退りをして距離を取った。

「ご、ごめん。その驚いて、くっついちゃって、ごめんなさい」

 触れたの嫌だったよね。

 わたしはまた勘違いをした……みんなと、ナサと仲良くなれたと思っていた。でも違った、わたしは人間でナサは獣人……なんだ。

 もしかしたら、ナサはわたしのことを……好き?……なのかなと思っていた。

 また、わたしは勝手に勘違いした。
 また、彼を好きになってしまう所だった。

 一人で思い込んで、舞い上がり……あの夜の様に一人で悲しむのは……いや。

(や、やだ、悲しくなってきた……)

 でも、泣かないように唇をキツく噛んだ。


「リーヤ!」  


「ううん、平気。わたしは帰るから……ナサに触れて、ごめんね」

「おい、違うって、話を聞いてくれ、リーヤ」

 ナサに強い力で引き寄せられて、抱きしめられたと同時に、瞳の淵に溜まっていた涙がポロリこぼれ落ちた。

 それを見たナサは瞳を大きくした。

「あークソッ、リーヤを泣かせちまうなんて……泣くなリーヤ、オレが悪かった」

「気にしないで、泣いていないから離して」

「嫌だ、話を聞いてくれリーヤ。命令は、命令だけど……そのさ、リーヤがエルフのミサと肩を寄せ合って仲良く話をしているのを見て、オレが勝手にイラッとしただけだ……ただのヤキモチの八つ当たりだ、ごめん」

 ナサがヤキモチ、八つ当たり? 身長の高いナサを見上げると眉が落ち困った顔をしていた。始めて見るナサの表情、さっきの怒った顔も始めて……見たかも。

「わ、わたしはナサに触れても……へ、平気なの?」

「ああ、他の人間は嫌だけど、リーヤはいい……ほんと、さっきはカッとしていて悪かった、ごめん」

 ナサの腕に力が入り急に距離が縮まった。
 たくましい体に抱き寄せられて、心臓がもたない。

「あ、ナ、ナサ、待って」
「わ、ごめん」

 もう一度見上げれば、いつものナサがいた。

「シッシシ、少し力を込めれば折れちまいそうだ……リーヤはこんなに細かったんだな」

"それなのにあんな奴と戦うなんて"と、ボソッと呟いたナサの声が聞こえた。

「フフ、ナサは大きく、このたくましくて、大きな体でみんなを守っているのね」

 この大きな体は、なんだか安心する。
 そうだ、あの時も、このナサの大きな体に守られたんだ。ナサのモフモフな指が近付き、わたしの瞳の涙をぬぐった。

「なぁ、リーヤ。北門の外での行動は、何が起きるかわからなくて心配だ。今度からはちゃんとオレを呼ん欲しい」

「いいの、忙しいでしょう?」
「ん、別にいいぞ。オレの知らないところでリーヤが怪我をする方が嫌だ」

 さらりとナサは答えた。

「わかった、遠慮なくナサを呼ぶね」
「シッシシ、そうしてくれ」

 見上げると、ナサの優しい瞳がわたしを見つめていた。
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