寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい
二十六
久しぶりの中央区は多くの人で賑わっていた。整えられた街中を馬車が行き来し、貴族がたくさん住む地区だから貴族と従者、メイドが主人たちが多く、中央区は故郷ーーリルガルドの王都を思わせる。この中央区の中心に国の象徴、王城があるため騎士団の警備も完璧だ。
わたしは手書きの地図を片手に、お目当てのパン屋を探していた。すぐ横をメイドを連れたドレス姿のご令嬢、執事、側近を連れフロックコート姿のご令息が通る。その中にわたしと同じ平民の人も見えた。
(ここが人気のパン屋……凄い人)
目的のパン屋は見つかったのだけど、着いた時刻はお昼前、パン屋の前には人だかりが出来ていた。さすがは人気のパン屋だ、わたしも列の後方に並ぼうとした、そのとき、背後から声をかけられ呼び止められる。
「あの、すみません。そこの白銀の女性ちょっとよろしいですか?」
「は、はい」
振り向くと目の前には巡回中の騎士がいた、彼はいきなり胸に手を当て礼をすると、わたしに自己紹介を始めた。
「自分は前にも言いましたが、第三部隊所属のカヌイと言います。貴女はあの時の方ですよね」
あの時の方⁉︎ と、この騎士をよく見た。
(あ、この騎士の方は……ワーウルフと一緒に戦った盾役の人だ)
彼は微笑み。
「もう一度、貴女に会えるなんて、思いもしませんでした」
この騎士は紹介で騎士団第なんとか部隊と言っていたかも。ナサのことがあってかなり動揺していたから、しっかり彼の言葉を聞いていなかった。
わたしは深く頭を下げて。
「ご苦労さまです、騎士様。す、すみませんが……人違いではないでしょうか?」
と、言ったのだけど。
「いいえ、貴女です。自分が間違えるわけありません」
キッパリ、彼はそう応えた。……そうだろう、しっかりと彼にわたしは顔を見られいる。でも、人違いで終わって欲しい、というか、困っているのを感じ取って。
(……無理か)
「ワーウルフと戦う、勇敢なお嬢さん。自分はもう少しで警備の交代の時間になります。この前のお礼を自分にさせてください」
「お、お礼?)
(……彼らとは共闘して戦ったのだから、お礼はいらない。わたしも助けてもらったもの)
ここは丁寧にこだわらないと、
「騎士様、すみません。わたしはここでの用事が終わりましたら、すぐに家に帰りますので……ご、」
言い切る前に、ガシッと手を掴まれる。
「そんなことを言わないでください、勇敢なお嬢さん。自分は仲間の命を助けてもらったお礼がしたいのです。いいえ、しなければなりません」
「あ、あの、困ります」
「是非、お礼だけでもさせてください」
こんなに真剣に誘われては断るのも心苦しい。でも、今日は昼過ぎからミリア亭てお手伝いだから時間が無い。
(もう、こうなったら、次の休みにしてもらうしかないわね)
「あの、わた……」
彼にそう伝えようと口を開くと同時に、凛とした声が街中に響く。
「カムイ! 君は自分の仕事もせず、ここで何をしているんだ?」
「た、隊長!」
カムイは隊長! と呼び『すみません』と、わたしの手を離し、いま現れた金色の短髪、エメラルド色の瞳の騎士に敬礼した。しかし隊長はそれに手だけで軽く挨拶を交わすと、何も言わずわたしに近付き眉をひそめ顔を覗き込んできた。
(な、なに、この人? わたしの顔をジッと見てくる)
「リモーネ隊長、決して自分はサボッていたわけでは有りません。ワーウルフとの戦い時、助けてもらったお嬢さんにお礼を言いたかっただけです」
「…………」
必死に弁解するカムイの言葉も、いま考え事中の隊長には聞こえていないみたい。でも、この騎士、何処かで見たことがないと、いまだに見てくる彼をわたしも眺めた。
162センチのわたしより頭一個分くらいの身長、短く整えられた金色の髪、鋭い刺すような緑色の瞳。騎士カムイにリモーネ隊長と呼ばれて、この国の紋章入りの鎧にマント、腰には細身の剣を身につけている。
(うーん、リモーネ……って、あのリモーネ君かな)
それにわたしのガレーン国での知り合いは、北区に住む人たちと、獣人隊のみんなだけだし。
隊長と呼ばれた騎士はウンと深く頷き。
「やっぱり君だな。久しぶりリイーヤ嬢、どうして君がガレーン国にいるんだ? 二年前くらいかな、公爵様にに結婚したと聞いたが?」
(わたしの知っている、リモーネ君だ)
「カヌイ、お前は巡回に戻れ、私はこの令嬢に話がある、後の指揮は君に任せた」
「はっ‼︎ かしこまりました、リモーネ隊長。リイーヤ嬢、自分はこれで失礼します」
カヌイは頭を下げて、職務に戻って言った。
『リイーヤ、剣を取れ、俺と戦え!!』
この人は伯爵家長子、リモーネ・ノワールだ。リルガルドの学園で何度も何度も勝負を挑まれ、幾度となく剣を交えた。
「……フゥッ、見違えたね、リモーネ君」
「そうか? 学園を卒業して二年以上も経っているからな」
「二年か……懐かしいわ。リモーネ君はここで隊長をしているんだ、学園の頃から貴方は強かった、長身から出る、素早く細い剣、勝てたのは一年の始め頃で、一年の終わりからは負けた記憶しかないわ」
彼を見上げてわたしが微笑むと、彼の目元が少し和らいだ。
「しかし、何故、結婚をした君がガレーン国にいる? こんなところで何をしているんだ?」
クッ、質問が戻った……何って、中央区の美味しいパン屋に来ただけ。しかし、この質問は誤魔化さないで言ったほうがいいだろう、彼は真面目な性格だから誤魔化して伝えると、話を聞きにお父様の所にまで行きそうだ。
「あ、あのね。わたしは半年前くらいからガレーン国の北区に住んでいるの。結婚した相手とは二年以上も前に離縁したわ」
離縁と聞いて、彼の眉間に深いシワが寄った。
「なに、あの男と離縁して、この国の北区に住んでるだと。どうして、この国に来たのなら、一番に私を尋ねなかったんだ!」
ガシッと肩を掴まれた。
「ええ、待って、リモーネ君の故郷がガレーン国だって知らなかったし、平民になったわたしが、そうやすやすと伯爵の貴方を訪ねるなんて、知っていても無理な話よ」
「…………グッ」
彼は眉間のシワを深め、わたしの方を掴んだまま黙ってしまった。
「心配してくれるのは嬉しいけど。リモーネ君も仕事に戻ったら、いま仕事中なんでしよう?」
「そうだが……」
それに彼らと話していて気が付かなかった、いま、パン屋の前にあった行列がない。……人もまばらになっている。
(お昼のピークが終わった? いま何時? )
グルッと辺りを見渡すと、広場の中央に時計台が見えた、時刻は一時半、早くパンを買って戻らないと。
「リモーネ君、もう帰らないといけないわ」
「帰る? 何か用事か?」
「そうなの、このあと仕事で、そこのパン屋に寄って北区に帰るわ。またね、リモーネ君……ううん、ノワール様」
頭を下げて、彼から離れようとした。
「リイーヤ嬢、待て」
肩に乗ったままの、彼の手に力が入る。
「私が、リイーヤ嬢を北区まで送って行く」
(ひぇー、リモーネ君の性格からして、そう言うと思っていたわ)
「いいわ、仕事に戻ってリモーネ君」
「いや、送る」
の繰り返しが続く。
ダメたまったく話を聞く気なし。それに周りの注目も忘れていた。周りはその場に立ち止まりはしないけど、こちらをチラチラ伺っている。なんだかわたしって騎士に職質をされて捕まった人みたい……ガッチリ肩を掴まれているし、身動きが取れない。
「離して、わたしはパン屋に寄って帰るの」
「リイーヤ嬢、パン屋とはそこか?」
「そうだけど……ええ、一人で行けます。買い物だって一人で出来るわ」
「いや、ついて行く」
彼は肩から手を離し、わたしの手を引きパン屋に向けて歩いて行く……完全に忘れていた。彼は一度いいだしたら、何を言っても聞かない性格だっていうことを……。
わたしは手書きの地図を片手に、お目当てのパン屋を探していた。すぐ横をメイドを連れたドレス姿のご令嬢、執事、側近を連れフロックコート姿のご令息が通る。その中にわたしと同じ平民の人も見えた。
(ここが人気のパン屋……凄い人)
目的のパン屋は見つかったのだけど、着いた時刻はお昼前、パン屋の前には人だかりが出来ていた。さすがは人気のパン屋だ、わたしも列の後方に並ぼうとした、そのとき、背後から声をかけられ呼び止められる。
「あの、すみません。そこの白銀の女性ちょっとよろしいですか?」
「は、はい」
振り向くと目の前には巡回中の騎士がいた、彼はいきなり胸に手を当て礼をすると、わたしに自己紹介を始めた。
「自分は前にも言いましたが、第三部隊所属のカヌイと言います。貴女はあの時の方ですよね」
あの時の方⁉︎ と、この騎士をよく見た。
(あ、この騎士の方は……ワーウルフと一緒に戦った盾役の人だ)
彼は微笑み。
「もう一度、貴女に会えるなんて、思いもしませんでした」
この騎士は紹介で騎士団第なんとか部隊と言っていたかも。ナサのことがあってかなり動揺していたから、しっかり彼の言葉を聞いていなかった。
わたしは深く頭を下げて。
「ご苦労さまです、騎士様。す、すみませんが……人違いではないでしょうか?」
と、言ったのだけど。
「いいえ、貴女です。自分が間違えるわけありません」
キッパリ、彼はそう応えた。……そうだろう、しっかりと彼にわたしは顔を見られいる。でも、人違いで終わって欲しい、というか、困っているのを感じ取って。
(……無理か)
「ワーウルフと戦う、勇敢なお嬢さん。自分はもう少しで警備の交代の時間になります。この前のお礼を自分にさせてください」
「お、お礼?)
(……彼らとは共闘して戦ったのだから、お礼はいらない。わたしも助けてもらったもの)
ここは丁寧にこだわらないと、
「騎士様、すみません。わたしはここでの用事が終わりましたら、すぐに家に帰りますので……ご、」
言い切る前に、ガシッと手を掴まれる。
「そんなことを言わないでください、勇敢なお嬢さん。自分は仲間の命を助けてもらったお礼がしたいのです。いいえ、しなければなりません」
「あ、あの、困ります」
「是非、お礼だけでもさせてください」
こんなに真剣に誘われては断るのも心苦しい。でも、今日は昼過ぎからミリア亭てお手伝いだから時間が無い。
(もう、こうなったら、次の休みにしてもらうしかないわね)
「あの、わた……」
彼にそう伝えようと口を開くと同時に、凛とした声が街中に響く。
「カムイ! 君は自分の仕事もせず、ここで何をしているんだ?」
「た、隊長!」
カムイは隊長! と呼び『すみません』と、わたしの手を離し、いま現れた金色の短髪、エメラルド色の瞳の騎士に敬礼した。しかし隊長はそれに手だけで軽く挨拶を交わすと、何も言わずわたしに近付き眉をひそめ顔を覗き込んできた。
(な、なに、この人? わたしの顔をジッと見てくる)
「リモーネ隊長、決して自分はサボッていたわけでは有りません。ワーウルフとの戦い時、助けてもらったお嬢さんにお礼を言いたかっただけです」
「…………」
必死に弁解するカムイの言葉も、いま考え事中の隊長には聞こえていないみたい。でも、この騎士、何処かで見たことがないと、いまだに見てくる彼をわたしも眺めた。
162センチのわたしより頭一個分くらいの身長、短く整えられた金色の髪、鋭い刺すような緑色の瞳。騎士カムイにリモーネ隊長と呼ばれて、この国の紋章入りの鎧にマント、腰には細身の剣を身につけている。
(うーん、リモーネ……って、あのリモーネ君かな)
それにわたしのガレーン国での知り合いは、北区に住む人たちと、獣人隊のみんなだけだし。
隊長と呼ばれた騎士はウンと深く頷き。
「やっぱり君だな。久しぶりリイーヤ嬢、どうして君がガレーン国にいるんだ? 二年前くらいかな、公爵様にに結婚したと聞いたが?」
(わたしの知っている、リモーネ君だ)
「カヌイ、お前は巡回に戻れ、私はこの令嬢に話がある、後の指揮は君に任せた」
「はっ‼︎ かしこまりました、リモーネ隊長。リイーヤ嬢、自分はこれで失礼します」
カヌイは頭を下げて、職務に戻って言った。
『リイーヤ、剣を取れ、俺と戦え!!』
この人は伯爵家長子、リモーネ・ノワールだ。リルガルドの学園で何度も何度も勝負を挑まれ、幾度となく剣を交えた。
「……フゥッ、見違えたね、リモーネ君」
「そうか? 学園を卒業して二年以上も経っているからな」
「二年か……懐かしいわ。リモーネ君はここで隊長をしているんだ、学園の頃から貴方は強かった、長身から出る、素早く細い剣、勝てたのは一年の始め頃で、一年の終わりからは負けた記憶しかないわ」
彼を見上げてわたしが微笑むと、彼の目元が少し和らいだ。
「しかし、何故、結婚をした君がガレーン国にいる? こんなところで何をしているんだ?」
クッ、質問が戻った……何って、中央区の美味しいパン屋に来ただけ。しかし、この質問は誤魔化さないで言ったほうがいいだろう、彼は真面目な性格だから誤魔化して伝えると、話を聞きにお父様の所にまで行きそうだ。
「あ、あのね。わたしは半年前くらいからガレーン国の北区に住んでいるの。結婚した相手とは二年以上も前に離縁したわ」
離縁と聞いて、彼の眉間に深いシワが寄った。
「なに、あの男と離縁して、この国の北区に住んでるだと。どうして、この国に来たのなら、一番に私を尋ねなかったんだ!」
ガシッと肩を掴まれた。
「ええ、待って、リモーネ君の故郷がガレーン国だって知らなかったし、平民になったわたしが、そうやすやすと伯爵の貴方を訪ねるなんて、知っていても無理な話よ」
「…………グッ」
彼は眉間のシワを深め、わたしの方を掴んだまま黙ってしまった。
「心配してくれるのは嬉しいけど。リモーネ君も仕事に戻ったら、いま仕事中なんでしよう?」
「そうだが……」
それに彼らと話していて気が付かなかった、いま、パン屋の前にあった行列がない。……人もまばらになっている。
(お昼のピークが終わった? いま何時? )
グルッと辺りを見渡すと、広場の中央に時計台が見えた、時刻は一時半、早くパンを買って戻らないと。
「リモーネ君、もう帰らないといけないわ」
「帰る? 何か用事か?」
「そうなの、このあと仕事で、そこのパン屋に寄って北区に帰るわ。またね、リモーネ君……ううん、ノワール様」
頭を下げて、彼から離れようとした。
「リイーヤ嬢、待て」
肩に乗ったままの、彼の手に力が入る。
「私が、リイーヤ嬢を北区まで送って行く」
(ひぇー、リモーネ君の性格からして、そう言うと思っていたわ)
「いいわ、仕事に戻ってリモーネ君」
「いや、送る」
の繰り返しが続く。
ダメたまったく話を聞く気なし。それに周りの注目も忘れていた。周りはその場に立ち止まりはしないけど、こちらをチラチラ伺っている。なんだかわたしって騎士に職質をされて捕まった人みたい……ガッチリ肩を掴まれているし、身動きが取れない。
「離して、わたしはパン屋に寄って帰るの」
「リイーヤ嬢、パン屋とはそこか?」
「そうだけど……ええ、一人で行けます。買い物だって一人で出来るわ」
「いや、ついて行く」
彼は肩から手を離し、わたしの手を引きパン屋に向けて歩いて行く……完全に忘れていた。彼は一度いいだしたら、何を言っても聞かない性格だっていうことを……。