寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい
四十
 三時過ぎ、ミリア亭の店内には甘いパンケーキの香りがただよい。みんなはパンケーキを『美味しい』と言い、夢中で食べてくれた。

「パンケーキ、ごちそうさま」
「美味しかった、ごちそうさま」

「二人ともしっかり食べたね、使った皿はカウンターに置いてっていいから、よく休むんだよ!」


「「ありがとう、ミリア」」


 カヤとリヤは食べ終えるとカウンターにお皿を置き、いつものお昼寝場所に移っていった。

「リーヤ、私はここを片付けしながら厨房で食事をとるから。ほら、あんたも洗い物を片付けたら、ご飯を食べちゃいなさい」

「はーい」

 流し台で洗い物を終わらせて、ミリアさんにチキンのトマト煮込みとパン、グリーンサラダを持って、ナサの隣に座った。柔らかく煮込まれたチキンとトマトスープのいい香り。

「いただきます。……ンンッ、チキンがとろとろに柔らかくて、トマトスープが美味しいわ」
 
 みんなの言う通りで、チキンは柔らかく、トマトスープは酸味が程よくパンに合う。

「そうか?」
「あ、ナサ、ちょっと自分の食べたでしょう!」

 ナサは素早くわたしの焼きたてのパンを取ると、トマトスープに付けて食べて、ニンマリ笑った。

「シッシシ、ほんとうだ、美味いな」
「もう、チキンも食べる?」

「食べてもいいのか?」
「半分だけね、ナサのお皿こっちに置いて」

 チキンを半分に切って空いてるお皿に、チキンとスープを入れるとナサは美味しそうにペロッと平らげた。その様子を隣でお兄様が、ジーッと何かもの言いたげに見つめていた。

「お兄様、どうしたの?」

「ん、ナサとリイーヤは仲が良いなって」

「え、」

 いつもナサの隣で食べると、"少しちょうだい"と言うのは普段通りだし、みんなもいつもの事で言わないから気付かなかった……カートラお兄様が見るとそう見えるんだ。

(あらためて言われると、なんだか照れるわ)

 自分の頬に熱がこもる。

「ハハ、仲が良いのはいいな。リイーヤが作った、パンケーキ美味かったよ」

「ええ、美味しかったです。ごちそうさまでした」

「ほんと、よかった」

 微笑んでいると、カートラお兄様は『よしっ』と立ち上がり、着ているシャツの袖をまくり上げ、食事が終わり寛ぐアサトたちのテーブルに向かった。

(まさか、お兄様……)

 その、わたしの予想通りお兄様は、

「なあ、アサトだっけ? この国じゃ、決闘はご法度らしいから、いまから俺と腕ずもうで勝負しょうぜ」

 挑戦的にアサト達のテーブルに手をかけた。
 その挑発に、ニカッとアサトは笑い。

「なんだ、リーヤの兄さんは俺と"腕ずもう"をやろうってのか? いいぜ、勝負だ!」

 余裕に笑い、アサトは出されたお兄様の手をガッチリ握った。

「負けねぇ」
「それはこっちのセリフだ」

「いいですね。両者みあってぇーーー、ハジメ!!」

 と、ロカの掛け声で腕ずもうを始めた。





 カウンター近くのテーブル席で、カートラお兄様とアサトは腕ずもうを始めた………はず、なんだけど。

「うわぁ、な、なんだ、このバカ力は!!」

 始まってすぐにお兄様の驚きの声が上がった。

 それにビックリして振り向くと、二人の勝負はついていて、ニヤリ笑うアサトと悔しがるお兄様がいた。

(嘘、目を離した一瞬に勝負が決まった?)

「ハハハッ、カートラと言ったか? 弱いな」
「クハァ、なんてパワーだ!」

「アサトはうちの隊で一番の強さですものね。もしかすると、ガレーン騎士団で一番に強いかもしれません」

 と、ロカさんが言うと。
 アサトは渋い顔を浮かべた。

「ケッ! 五年前のあのとき、ナサは面倒な隊長になりたくなくて、隊長をかけた腕ずもう勝負を手加減した。本気でやったらどっちが勝つかわかんねぇ」

「お、おい、アサト。オレはあのとき手加減なんてしてねぇよ、力一杯、アサトと勝負して負けたんだ」

 ナサは焦って弁明した。

「じゃー、いまやろうぜ、ナサ!」
「おお、いいぞ。いまは、あの時のように簡単には負けねぇからな」

 アサトの挑発に乗り立ち上がるナサ。
 それを見にランドル様も立ち上がった。

「シッシシ、負けねぇーぜ!」
「こっちこそ、負けねぇー」


 ガシッと二人が握り合う。


「あー、待って! ずるい、まだ、わたし食べてるのに。わたしもみんなと腕ずもうしたいし、近くでアサトとナサの勝負を見たい!」

「シッシシ、ひ弱な、リーヤには無理だ」
「無理でもいいの、腕ずもうしたい!!」

 子供のように叫び、お行儀悪く、急いで食べようとして……口一杯に頬張り、お約束通りむせた。

「ンッ、、グフッ……ゴホ、ゴホ…」

「おい、リーヤ?」
「だ、大丈夫……ウグッ」

 みんなの呆れた視線がわたしに集中する、厨房で食事をとっていた、ミリアは急いで水を入れたコップをカウンターに置いた。

「リーヤ、ほら、水だよ」
「ミリアさん、あ、あり………がとうご…ざいます…」

 貰った水を、一気に飲んで"ホッ"と落ち着く。

「バカ、待っててやるから落ち着いて食べろ」
「ごめん、ナサ……みんなもゴメン」
 
「いいっ……て、クッ、リーヤ……おまっ、プッ…クックク」

 なぜか、笑いながら近付いてくるナサ。
 みんなも、カートラお兄様も、ランドル様も笑っていた。

「な、何?」
「おい、ミリア。ここに、ちっさな子供がいるぞ、テッシュをくれ」

(……ちっさな子供? テッシュ?)

「な、なんで、みんなは笑っているの? お兄様?」

「はい、テッシュだよ。ああ……リーヤ、フフッ」

「ミリア、サンキュ」

 ミリアもわたしを見た瞬間、困った顔を浮かべ、次に笑いだした。ナサはテッシュを取り出して、わたしの近くにしゃがむ。

「リーヤは、、本当に公爵令嬢だったのか?」

 と、優しくわたしの口の周りをテッシュで拭いた。


(えっ?)


「ち、ちょっと、ナサやめてよ。みんなが見てるって」
「だけどよ、トマトスープを口の周りに付けすぎだ。子供かよ、シッシシ」

(うそ、そんなに付いてるの⁉︎)

「待って、拭かないで……ナサ、自分で拭くから、自分で拭けるから……」

 恥ずかしくて、手で"辞めて"とガードしても手を抑えられて。目の前でニヤニヤ笑うナサに優しく口元を拭かれた。

「ううっ、恥ずかしい……」
「だったら、落ち着いて食べろ」

「わかった……みんなも勝負をしらけさせて、ごめんね」


「「気にするなって!!」」

 
 みんなは笑って、許してくれた。


「まさか、リイーヤがあんな子供みたいなことを、するとはな……」

「お兄様!」

 わたしのハプニングで、アサトとナサの勝負は一旦お預け。ナサは最後まで口元を拭うとわたしの隣に腰掛けた。

「腕ずもうの勝負にいってよ」

「ンーッ、お子ちゃまリーヤがまた慌てて食べて、口の周りを汚さないか見ててやるよ」

 お子ちゃま!

「大丈夫、ゆっくり食べるから」
「シッシシ、終わるまでいてやるよ」

 いつもの笑いを浮かべて、カウンターからみんなの腕相撲を楽しそうに見ていた。
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