寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい
五十
 今日はミリア亭はお休みの日で、ナサとダンス練習の日。いつもの場所でわたしは新しいワンピースと、少し高めのヒールを履いて待っていた。

「おはよう、リーヤ」
「おはよう、え、ナサ? どうして半獣の姿なの?」

「ん?」

 いつもの場所に現れたナサに、モフモフの姿ではなく半獣でシャツとスラックス、ブーツといったラフな格好でここに現れた。

「シッシシ、当たり前だろ? リーヤとオレとでは体格差があり過ぎるし。下手に足を踏んでみろ、リーヤの足がやばい」

(やばい?)
 
 頭の中で、いつものナサと自分をを思い浮かべた。

「あ、……そうかも」
「な、そうだろう?」

「疲れているところ、ありがとう、ナサ。よろしくお願いします」

「シッシシ、まかされました」

 ナサに近付きホールドを組もうと彼の手に触れ、わたしの背に彼の手が回った……その瞬間"ビリリ"っと電気が体に走り、ドクン、ドクンと鼓動が跳ね上がる。

 気付かれないように息を整えて、

「あ、あの、ナサ」
「ん、?」

「……な、なんでもない、始めよっ」

「おお、……でもよ。こんな、近くにリーヤが来ると、なんだかドキドキするな」

  "シッシシ"と笑う。
 いつものナサの笑顔なのに、キラキラ光って見える。

「わたしだって、照れるけど……ううん、なんでもない、練習を始めるわ」

「おお、わかった」

 静かな水辺で一、二、一、二と口に出して、ナサに教えながらワルツを踊るのだけど。やはり、問題はわたしだった。ワルツのカンタンなステップも踏めずナサの足を踏む。

「あ、ナ、ナサ、ごめっ……ん!!」

「落ち着け、リーヤ。ほら、一、二、一、二……お、」

「きゃっ、ごめん」

 また踏んだ。

「落ち着け、いいって。ゆっくり行くぞ、オレが左足を出すだろ、リーヤは右足を引っ込めて、オレが右足を横にスライドして、リーヤは左足をって……」

「え? あ、わわ」
「リーヤ?」

 バランスを崩して、ナサの胸にポプッと収まった……

(クゥッ、ナサが教えてくれているのに、なんで出来ないの……ん、んん? え、わたし、いまナサにダンスを教わってない⁉︎) 

「リーヤ、足止まってる」

「あ、」

 苦手なダンスだけど、初めて踊るナサにわたしが教えるはずが……いつの間にか、立ち場が逆転してる。

「リーヤ、初めから踊るぞ。いち、に、いち……いいぞ、そこでターンだ」
 
「は、はい」

(ちょっと、ナサ、教えるの上手すぎじゃない?)

「リーヤ、そこ、ステップを間違えない」

「はい」
 
 焦るわたしに、優しくナサはリードしてくれて、ほんの少しけど足を踏む回数が減ってきた。





 湖の近くで、ナサと二人きりダンスの練習を始めて二時間くらい、一小節、足を踏まずに踊れた。

「やった、ナサ! いま踊れた、踊れたわ」

「シッシシ、よくやったな……ところで、リーヤ、疲れていないか?」

 あ、それ、わたしのセリフ。

「わたしは平気だけど、ナサは?」

「オレか? オレは楽しかった」

 と笑う、ナサに釘付けになった。



 +

 

 帰ろうかと話していたとき、ナサのお腹が元気よく『グゥーーッ』と鳴った。

「腹減った。リーヤ、何か作ってくれ」

「いいけど、何が食べたい?」

「うーん、なんでもいい」

 なんでもいいは一番困るのだけど……。
 朝早くから、ダンス練習に付き合ってもらったお礼に、家で朝食を作ることにした。

 並んで歩き、メニューを考えていた。

「目玉焼きと、ベーコンとソーセージを焼いてパンに挟むとか? ……あ、パンがないから買わなくっちゃ」

「それなら、オレの行きつけのパン屋を教えてやるよ。美味いから驚くぞ!」

「ほんと、楽しみ! 早く行きましょう」

 と、ナサが向かったのは。
 北区の西側の奥にある、有名なパン屋だった。

「ここって、一度、来たいと思っていたパン屋だわ。いつも長い行列ができていて、近くだから、また今度でいいかなって来れずにいたの」

「シッシシ、人気のパン屋だからな」

「楽しみ、早くい行こう。ナサ!」

 ナサの袖を掴んだ。
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