寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい
六十
 あの日からみんなは、わたしとナサをからかう。

(照れてはするけど、嫌じゃなかった)

 ナサが好きか? とみんなに聞かれれば嫌いじゃないとすぐに言える。ナサの大きな手が好き、大きな口、もふもふな体、笑った顔、半獣のナサも気になる存在。



 今日はミリア亭の休みの日。ナサとのダンス練習、朝食の後戻って戻った訓練場に、わたしは出来上がったハンカチと昨日焼いたアーモンドとプレーンクッキを持って向かっていた。

 息を切らして訓練場に着くと、

「こい、チビども!」

「いくぞ、リヤ!」
「わかった、カヤ!」


 ナサの声にカヤとリヤはクローを構えた。そして地面を蹴り、盾を構えるナサに二人同時に斬りかかる。

「動きはよくなったが、切り込みが遅く、甘いぞ! そんなんじゃいつまで経っても、オレの間合いに入って来られんぞ!!」


「「うわぁ!」」


 二人はナサの絶対防御の盾に阻まれて、後ろに吹き飛ばされる。転んでも、飛ばされても、負けずに斬りかかるリヤとカヤも頑張ってる。

(すっ、すごい、迫力)

 次にナサはロカの魔法攻撃も盾で跳ね返した。目が離せなくて、ゴクリと自分の喉が鳴ったのがわかった。

 鼓動はドキドキしてうるさい。
 ナサは斧を構えた、アサトを挑発する。


「アサト、来いよ!」


「いいぜ、俺の攻撃に吹っ飛ばされないよう、しっかり構えろよ、ナサァ!」

 アサトの斧が盾にぶつかり、ガギッとぶつかり合う音が訓練場に鳴り響いた。前にも見たけどニ人の練習は半端ない、わたしが立っている柵の所まで彼らの風圧が飛んでくる。

 何度か二人はぶつかり合い、アサトがニヤリと笑う。

「なんだぁ? 前より、いい面構えになったな。守りたいもんができたからかぁ?」

「当たり前だ! 守りたい、前の様な……あんな怪我をさせたくないし、見たくもねぇ、絶対に守り抜く!」

「ハハッ、よく言ったな! ……後は、いまそこに来てる、リーヤに直接言えよ」

「へっ?」

 アサトに言われてバッとナサがこっちを向いた。ドキッとして、隠れようとしたけど柵の近くまで来ていて、わたしには隠れる場所がなかった。

 わたしを見てナサの頬を赤くするから、釣られてわたしまで照れる。その気持ちを抑えて、みんなに聞こえをかけた。

「ご苦労さま、もうすぐ休憩?」

 亜人隊に声をかけたわたしを同じ訓練場で訓練をする、騎士団と騎士団を見学に来ている女性達が物珍しげにみる。

 アサトは少し考えて。

「そうだな、休憩にするか?」

「だっら、みんなに渡すものがあるの」
「リーヤ、ハンカチできたのか? 早く見せてくれ」


 盾を持ったままナサがこちらに嬉しそうにかけてくる。そんな彼を見て、ハンカチの出来栄えは? クッキーの味は? と……渡すまえに緊張が走る。

(大丈夫、たくさん練習したじゃない)

「オレのはどれだ?」

 尻尾をブンブン揺らし、嬉しそうに聞いてくる。
 わたしはカゴの中からラッピングをした、ナサのハンカチとクッキーを取り出した。

「これが、ナサのハンカチとクッキーだよ」

「ありがとう、嬉しい」

 ナサに渡したハンカチの柄はラベンダーと、自分で描いたナサのトラの似顔絵の刺繍。ナサはラッピングのリボンを解き中を見て、目尻が下がる。

「この刺繍はオレだ! シッシシ、可愛いな。ありがとうリーヤ、クッキーいま食べていい?」

「どうぞ、ナサのはアーモンドクッキーを多めに入れたから」

「ほんと、いただきます」

 集まって来たみんなにもラッピングした、ハンカチとクッキーを渡した。みんなもハンカチに施した刺繍を喜んでくれた。

(頑張ってよかった)

「リーヤ、このアーモンドクッキー美味い」

「よかった。足らなかったら、まだあるからね。みんなどう?」


「「美味いよ!!」」


 みんなの声が重なった。







 休憩中のみんなとおしゃべりしながら、多めに持ってきていたクッキーを摘んでいた。一人の騎士団がこちらにくる姿が見える。

「リイーヤ、来ていたのか」
「リモーネ君、おつかれさま」

「他の騎士達が隣で珍しく騒ぐ、亜人隊に気を取られているから、もしかしてと思ったら、リイーヤが来ていたのか」

「うん、みんなにハンカチとクッキーを渡したの……あっ、ごめん……みんなでクッキー食べちゃって、三枚なら残ってる……けど」

 残りのプレーンクッキを見せた。
 リモーネは手を前に出して、

「いいや、挨拶しにきただけだから気にしなくていい」

 そのとき『きゃーっ!!』と、女性陣の方から黄色い声が上がった。前、訓練場に来た時よりもご令嬢の数が多い……ということは。

「もしかして、皇太子殿下が訓練場に来ているとか?」
「そうだ、ここに訓練に来ているよ」

「だから、ご令嬢の数が多いのね。そろそろ、リモーネ君も戻ったほうがいいよ」

 リモーネ君に騎士団側に戻るように促した。
 それはさっきから、リモーネ君のファンらしきご令嬢達に、ギロッと睨まれているから。

「……ん? ああ、そうだな。また明日、ミリア亭で会おう」

「うん、またね」
 
リモーネ君が騎士側に戻ると、彼のファンらしき令嬢達が近寄り、頬を染めてプレゼントの入ったカゴを渡していた……リモーネ君もモテるのね。

「リーヤ、話は終わった? 残りのクッキー食べちゃってもいいか?」

「一枚は残して、わたしも食べる」
「シッシシ。またさ、クッキー作ってくれる?」

「いいよ、クッキー作りが凄く楽しかったの。今度はチョコチップクッキーとか、他にも挑戦したいクッキーがあるわ」

「そうか、楽しみだな!」

 ナサは嬉しそう笑った。
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