今宵、幾億の星の下で

市毛女史はにこりと笑う。

「実は、わたくしの実家は農家をしております。実家地域では、ゴールデンウィーク頃に田植えをするのですが、わたくしがいなくなると『フェレース・スコンベル』が騒ぎ、スタッフが困るというので、田植えに連れて行ったことがございます」

美術品クラスの看板宝石『フェレース・スコンベル』を身につけ、凛と田植えをするシュールな市毛を想像して、玲は反応に困った。

市毛支店長は知ってか知らずか、にこにこと笑顔で続ける。

「田んぼの水に興味があって、覗き込もうとしたのでしょうね。ペンダントが外れて、田んぼの泥のなかに落ちてしまって……それ以来、田植えに行こうとはしません」


(『水は死を元素的にする。ある人たちのたましいにとって、水は絶望の物質なのである(ガストン・バシュラール”水と夢“より
』）

猫宝石が、そう言ったのかは不明だが、市毛が持ち出そうとすると、またあの田んぼに連れていかれると思うのか、一緒に来たがらなくなった。

「ですので、わたくしは飼い主さまに似た玲さまの側にいることが、『フェレース・スコンベル』の幸せなのだと思いますよ」

結局、拓馬の別荘に宝石は置いたままだが、拓馬の飼い猫の亡霊？とも仲良くなったのか、宝石の色艶も増しているのだ。


(まあいいか。市毛さんも、ああおっしゃっていたし。なにより拓馬はあの会社の社長さんで、その社長さんが、そうしろって云ってるんだものね）