今宵、幾億の星の下で
勝倉 真梨奈

動機

拓馬の妻である勝倉真梨奈は、アフタヌーンティーに出かけていた。

年齢は様々で、皆、由緒正しい家柄の出身で、夫も名のある名士揃いなのだが、今日の参加者は真梨奈を含めた二人だけだ。

ホテル四十階にある見晴らしのいいラウンジで、一流パティシエが作った芸術的なスイーツが、最高級の食器の上に盛られており、格調高い紅茶の香りが漂っている。

いつものようなポップな服装ではなく、ブランドのワンピースに靴。
化粧も髪型も飾りも完璧だ。


「この前の旗艦店のイベント、素敵でしたね。いくつか購入しましたよ」
「ありがとうございます」


禾 涼葉(のぎ すずは)は、真梨奈とは同じ年齢の二十七才。
夫は大学教授だった。
両親は共に代々続く繊維と寝具会社会長職を務めており、女性自身も役職を与えられているが、職場に姿を見せたことはない。

真梨奈も涼葉ともに大学を卒業と同時に結婚したため、社会で働いたことはない。
働く必要もなかったのだが……。


「ご主人、大変でしたね」


涼葉は夫は今から三ヶ月前に夫を亡くした未亡人である。
大学講義中に倒れ急死したためだ。
脳梗塞だった。

涼葉は優しい笑顔で頷く。


「ありがとう。でも私……夫がいなくなって、ホッとしてるの」


衝撃的な友人の言葉に真梨奈が驚いていると、涼葉は笑顔で続ける。


「今まで云わなかったけれど、夫は傲慢なところがあって……私はいつでも、それに耐えていなければならなかった。女は男に押さえつけられて当然、という人だったの」

涼葉は紅茶の入ったカップを手に取る。
その手は肌はもちろん爪先に至るまで、美しく手入れされている。

それまでの涼葉はどちらかというと地味で、服装も質素だった。


「夫の趣味にも性格にも、合わせる必要がなくなったからね。私は私の人生をいきるわ」

涼葉は紅茶のカップを口にあてる。
赤系のリップの艶のある唇、その仕草は妖艶な美しさだ。


「実は私、美容サロンを始めたの。夫は美容なんてムダ、という人だったからネイルひとつできなかったけれど。もう遠慮することもないからね。女ひとりが生きていくにはちょうどよかったわ。家がなくなっても困るし」


真梨奈は瞬きを繰り返した。


「家がなくなるだなんて、そんなこと……」

「ない、なんてないわ。今日、雪乃(ゆきの)さんがお見えにならないでしょう?この不景気で、ご実家と旦那さまの事業が、なくなってしまったそうよ」

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