今宵、幾億の星の下で

約束

別荘で食事をし、後片づけを終えたところだ。

「玲。結婚しないか、おれたち」

唐突に拓馬が云った。
玲はしばらくの間、拓馬を見つめる。
突然の告白に戸惑い何も返せなかったが、笑顔を見せた。


「ふふ、ありがとう……優しいのね。でも悪い冗談だわ」
「冗談なんて云ってない」


拓馬の黒い真っ直ぐな瞳が、玲を映している。


「拓馬……?」
「もちろんすぐには無理だ。だが、おれは決めた」
「えっ……待って、……本気なの?」


玲が慌てると、拓馬は怪訝な表情を見せた。


「もちろん、本気だ」
「困るわ、そんな……」
「おれのことは好きじゃないのか」
「好きとか、嫌いの問題じゃないでしょう?」
「そういう問題だろう。逆に訊くが、好きでもない男と寝るのか、君は」


玲は拓馬の顔を直視できず、その場を走り出そうとしたが拓馬に捕まり、そのままソファに押し倒され、腕と体を抑え込まれた。

顔をそむけた玲の顔の目元を前髪が隠している。

「玲、答えてくれ。嫌なのか?」
「いやよ、こんなこと……」
「玲!」

云いかけた拓馬は息を呑んだ。
前髪の隠れた瞳から、涙が流れている。

「好きに決まってる……。じゃなかったら、こんな関係を続けてない。ずっとあなたといたい」

嗚咽をこらえる玲の声と、体の震えが拓馬に伝わる。
拓馬が力を緩め拘束を解いても、人形のように力の抜けたままの玲を抱きしめた。

「奥さまから奪うなんて。わたしは嫌。それに、あなたとは何もかもが違いすぎる」

元彼である航大に二股をかけられ、軽蔑し自分も傷ついたはず。
それなのに自分も結局、不倫をしている……。

玲には失うものは何もない。
家族も、もういないが拓馬は違う。
社会的地位もある人物だし、拓馬の得になるような家柄出身でもない。

遊ばれて捨てられれば、よかった。

どこかで自分への制裁を望んでいたのかもしれない。


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