今宵、幾億の星の下で
何かいい店はないか。

街をぶらついていた玲は『勝倉宝石 フェレス・スコンベル』が目に止まり入店することにした。

カジュアルなものから高級ジュエリーまで、幅広いデザインがある人気店である。

デザインは気にいっているのだが、購入に至ったことはない。
園芸店はアクセサリー禁止ではないが泥や土で汚れるし、農器具の扱い時には邪魔になる。

必要なかったというところだが、なぜだろう?

店前は何回も通りかかっているのに、今夜は呼ばれているような気がした。


だとしても今日は誕生日だ。
たまには奮発しろ、とのお告げではいのか。


失恋したばかりだ。
酒もいいが、宝石の方がいい。

夜の閉店に近い時間帯のせいか、玲の他に客はいない。


「みんな綺麗……」


目移りしてしまうが、他の宝石とは違い独立したショーケースに厳重に保管してある宝石。
それがとても気になった。

まるで宝石に招かれているかのように、玲は近づく。


(……)


細いゴールドチェーンにトップには淡い涙型のグリーンの石。
直径は二センチくらいだろうか。
不思議なことに色が次々に変化しているように見え、まるで猫の瞳のようだ。
同じ涙型のピアスともお揃い。

美しい。

延々と眺めていたい代物だ。
だが、それだけではない。

撫でてあげたい。
そんな不思議な感情が沸き起こり、玲は頭を振る。

価格は出ていない。
他の他と違い独立したショーケースに入っているし、売り物ではないのだろうか。


「こちらがお気に召されましたか」


パリッとしたスーツに身を包んだ女性店員が、玲に笑いかける。


「こちらは売り物ですか?」


恐る恐る価格を店員にたずねてみた。


代金は……なんと、彼女の年収万年分だった。

実は珍しい貴重な宝石で、世界にひとつしか確認されていない珍品で『フェレース・スコンベル』という、宝石店名の由来にもなっているシンボル宝石だという。


一応、価格はついているが厳密には売り物ではないらしい。


間違いで買えたとしても、美術品クラスの物を普段使いになんてとても……。
第一、似合わない。

様々な考えと現実に彼女はため息をついた。


< 5 / 33 >

この作品をシェア

pagetop