神殺しのクロノスタシスⅣ
イーニシュフェルト魔導学院は、基本的に退学する生徒は、滅多にいない。

一番記憶に新しいのは、レティシアの一件だが…。

あれだって、特例中の特例。

学院創立以来、学院を退学した生徒は、数えられるほどしかいない。

そもそも、イーニシュフェルト魔導学院は、ルーデュニア聖王国の中でも屈指の魔導師養成校。

天下のイーニシュフェルト、とまで言われるほどの学院だ。

当然受験生の倍率は半端じゃないし、イーニシュフェルト魔導学院に合格したと聞けば、知らない人でも尊敬の念を抱くくらい。

そんなに苦労して、半端じゃない受験倍率を掻い潜って、ようやく入学したというのに。

途中でやめたいだなんて、それは一体何事だ。

いや、やめたいと言う生徒は、これまでも少なからずいた。

合格したのは良いものの、いざ入学してみたら、レベルの高さに足がすくんで、自信をなくしてしまう生徒や。

長期休みで帰省した際は、所謂五月病を発症して、学院に帰りたがらない生徒もいる。

そういう生徒は、大抵シルナが、直接本人のもとを訪ね。

励まし、元気づけ、再び学院に戻れるよう促していた。

思春期の生徒の、素直な気持ちを受け止め。

その上で、優しく励まし、少しずつ学院に戻れるように、シルナは尽力していた。

シルナは決して、自分の生徒を見捨てることはしない。

錯乱した生徒に、「学院長が何を言っても、絶対戻らないから。もう話しかけないで!」とまで言われたことも、過去にはあるが。

シルナは少しも狼狽えず、そのときはちょっと距離を取って、訪問する代わりに、毎日のように手紙を書いては送っていた。

それはそれで、生徒にとって迷惑だったかもしれないが。

当然生徒が返信をするはずがなく、一方的にシルナが手紙を送り続けていた。

数週間どころか、数ヶ月が過ぎても、返信のない手紙を書き続け。

「いつでも、気が向いたら帰ってきてね」と言い続けた。

すると、数ヶ月が過ぎると、その生徒は少しずつ、手紙の返事をくれるようになった。

何ヶ月無視していても、学院長はいつまでも自分を見捨てない。

こんな面倒な生徒はさっさと見限って、退学届を送り、これに記入して郵送しろ、と言えば楽なのに。

あまりにシルナがしぶといから、生徒の方が折れた。

結局その生徒は、半年足らずで学院に戻ってきた。

いきなり授業には出られないから、しばらくは学生寮に引きこもっていたが。

シルナは学生寮を訪ねたり、訪問を拒否されたら、今度はやっぱり学生寮に手紙を届けたり、チョコレートを届けたり。

次第に生徒は学生寮から出てくるようになり、保健室登校ならぬ、学院長室登校をするようになった。

そこでも、無理に勉強はさせず。

お菓子を食べたり、他愛ない雑談をしたり。たまに気が向けば、好きな科目だけプチ授業を開講したりと。

そんなことを約一年ほど続けて、ようやくその生徒は、学院に復帰した。

無事に卒業し、今は聖魔騎士団魔導部隊で活躍しているそうだ。

そこまでするからな、シルナは。

何がなんでも、意地でも退学届の記入用紙を渡したりしない。

最近では、学生寮から出てこられなくなった新入生を、なんとパペット人形で学院に復帰させたこともあるからな。

シルナのしぶとさと来たら、むしろ、生徒の方が根負けする始末。

イレースから見たら、甘い学院長だと呆れるだろうが。

シルナは絶対に、自分の生徒を諦めたりはしないのだ。
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