神殺しのクロノスタシスⅣ
「…」

賢者の石が、自分の手元に返ってきた途端。

彼の爆発的な殺気は消え、むしろ安堵感のようなものさえ漂わせていた。

…やっぱり、この人は敵じゃない。

少なくとも、賢者の石を悪用しようなんて気はまるでない。

ただ、奪われたものを取り戻したかっただけなのだ。

それなのに、早合点して敵認定して…むしろ俺達の方が、悪いことをしてしまったな。

デルムトの弟子は、これ以上用はないとばかりに、くるりと背を向けた。

返すべきものを返してもらったのだから、さっさと退散、と思ったのだろうが。

「ちょっと待って」

シルナが、それを止めた。

「君に聞きたいことがある」

「…」

デルムトの弟子は無言。

返すべきものは返してもらったのだから、これ以上言葉を交わす気はない、のかもしれないが…。

それじゃあ、俺達は永遠にスッキリしないままだ。

「私達は君に賢者の石を返した。君に敵対するつもりはないのは分かるよね?」

「…」

「それはこれからも同じだよ。私達に、賢者の石を悪用しようという意志はない。敵じゃない。なら、質問に答えてくれても良いんじゃないかな」

「…」

やはり、デルムトの弟子は無言だった。

まだ俺達を疑ってるのか。これは何かの罠なのかと警戒しているのか。

いずれにしても、甚だしい誤解だが。

しかし賢者の石を取り戻そうと、一人孤軍奮闘している彼にとっては。

自分以外、全員敵だと思って行動しているのだろう。

「恐らく、賢者の石を利用しようとしているのは『サンクチュアリ』だ。賢者の石を取り戻しても、『サンクチュアリ』は一度賢者の石を利用して、それに味を占めている。君がまた封印を施しても、『サンクチュアリ』はまた、賢者の石を狙い続ける。君も狙われ続けるんだ」

「…」

「その点、私達魔導師もまた、『サンクチュアリ』に敵対している。敵の敵は味方だよ。それに…私は里の賢者の生き残りとして、イーサ・デルムトには恩がある。彼本人に恩返しすることはもう出来ないけど、そのお弟子さんに恩を返すことなら出来る」

今、目の前にいるもんな。

「教えてくれないかな。何故、賢者の石の封印が解かれたのか。何故、賢者の石が『サンクチュアリ』の手に渡ったのか…」

と、シルナが畳み掛けると。

ようやく、デルムトの弟子は口を開いた。

努めて俺達から目を逸らし、申し訳無さを感じさせる表情で。

「…俺は、これ以上誰かを巻き込む訳にはいかない。賢者の石は、密かに封印され、守られているべきものだ」

…はっ。

何を今更。

「俺達は既に、賢者の石の力に巻き込まれた被害者だ。既に事件の渦中にいるんだよ」

既に巻き込まれてるのに、今から手を引いたって、後味が悪いだけだ。

「羽久の言う通り。私達には知る権利がある。そして全てを知っている君には、話す義務がある。…そうじゃない?」

「…」

それでも、話したくない…のかもしれないが。

話してもらわなければ困る。『サンクチュアリ』は、依然として俺達の敵なのだから。

「…封印の在処を教えろ、と言ってるんじゃない。ただ私達は、何があったのかを知りたいだけなんだ」

と、いう。

シルナの後押しが決め手だった。

「…分かった。全ては、俺の身から出た錆…。責任は俺にある。だから…賢者の石を回収してくれたお前達に、全てを話そう」

ようやく。

デルムトの弟子は、重い腰を上げ、堅い口を開いた。
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