神殺しのクロノスタシスⅣ
「やめさせること前提で話すのは、やめようよ…。僕達にとっては彼女は、大勢いる生徒の一人だけど…彼女にとっては、ただ一回きりの人生なんだから…」

おっ、天音。

お前良いこと言うな。

「そう…。そう、そうだよ天音君!その通りだよ!」

シルナが、歓喜のあまり天音を抱擁していた。

やめてやれ。おっさんの抱擁ほど、気色の悪いものはない。

「ま、ましてや、魔導師を目指すにしても、退学なんかしたら、彼女の経歴に傷が付くし…。その後の人生にも関わるから…」

シルナの抱擁を受けながら、天音が言った。

その通り。

俺達にとってエヴェリナは、大勢いる生徒の一人だが。

エヴェリナにとっては、自分のこれから先の人生を、大きく左右する出来事なのだ。

もしここで退学させられれば、恐らく一生思い続けるだろう。

「あのとき、イーニシュフェルトを卒業出来ていれば…」と。

なまじうちの学院は、入学するだけでも、かなり箔が付くからな。

天下のイーニシュフェルト魔導学院に、入学はしたのに、一年生の夏で退学、地元の中学校に入ります…なんて。

彼女の学歴に、大きな傷をつけることになる。

何処に言っても、誰にでも聞かれ続けることになるだろう。

「何で、イーニシュフェルト魔導学院やめたの?」と。

その理由はああでこうで、母親が反対したから仕方なく…と、答え続けなければならない。

きっとその度に、今回のことを思い出して嫌な気分になるだろうし。

最悪、その恨みが母親に向くことにもなるかもしれない。

エヴェリナがもっと大きくなったとき、「お母さんがあのとき、私を退学なんかさせたから」と、深刻な親子喧嘩が勃発しかねない。

親子の関係に、深刻な不和を残すことになりかねないのだ。

その点では、慎重にならなければならない。

天音の言う通り、エヴェリナの人生が懸かっているのだから。

「仰ることはご最もですが、しかし現状、我々に出来ることがありますか?」

イレースが、天音を黙らせる一言を言った。

「…それは…」

「我々は、所詮一介の教師に過ぎません。何とかしてあげられるものなら、してあげたいですが…。しかし、どうにもならないこともあります。ましてや、私達は全員、魔導師なんですから」

…え。
 
「パンダ学院長への言動を見るに、そのエヴェリナの母親は、恐らく魔導師排斥論者なんでしょう」

イレースに言われて、俺達はハッとした。

…言われてみれば、あのエヴェリナ母の言い分。

シルナのみならず、魔導師そのものを否定していた。

そして、その魔導師の筆頭に立つシルナを、見たくもないほどに毛嫌いしていた。

それはつまり、エヴェリナの母親が…魔導師排斥論者だから。

そう考えれば、説明がつく。

「そうか…。今、魔導師排斥運動が高まってるから…」

「この間の、シャネオン駅爆破事件で、余計拍車がかかったんでしょう。入学時はまぁ渋々我慢したけど、今回の件で、やっぱり我慢ならなくなった…ってところでしょうね」

成程。有り得る。

「全く、頭の堅い連中ですよ」

と、嘆息するイレース。

…いや、多分お前には言われたくないと思うが…。
 
なんて、考えたのが間違い。

ずっと黙っていたナジュが、目を輝かせた。

「イレースさんイレースさん、羽久さんが、イレースさんの方が頭が堅いと、」

「黙ってろ馬鹿ナジュ!」

嬉々として報告すんな!つーか読心をやめろ。

危うく、俺が殺されるところだったろうが。

「…今何か言いました?」

「いや、何も言ってない。話を続けよう」

イレースの雷魔法と戦うのは、シルナ一人で充分だ。
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