神殺しのクロノスタシスⅣ
前回の例があるので、突入は慎重に行うもの…と。

誰もが、そう思っていたのだが。

「…見えてきました。あの廃ビルです」

エリュティアの案内で、俺達は王都にある雑居ビル群の一角に来ていた。

前の本拠地と似たような感じだが、ここはもっと…何と言うか…独特の静けさを感じさせる。

逃亡者にはお誂え向きなのかもしれないが、俺達としては、お化け屋敷探索に来たみたいで不気味だ。

しかし。

「あのビルだな?」

最前線で、妻のシュニィと共に陣頭指揮を取るアトラスが、エリュティアに念押しした。

「はい。どうやら…地下にまとまっているようですね。人の気配を複数感じます」

「そうか、分かった」

ん?

何故か、アトラスが一人、大剣をすらりと抜いた。

あれ、普通に持ってるように見えるけど、めちゃくちゃゴツくて重いからな。

大剣と言うより、鈍器に近い。

アトラスぐらいだよ。片手で持ち上げられるのは。

シルナなんかに持たせたら、へなちょこだから、持ち上げる前にぎっくり腰を起こす。

「羽久が私に失礼なことを考えてる気がする…」

「それより、こんなところで剣を抜いてどうするんだ?アトラスは」

目標のビルまでは、まだ数百メートルある。

折角エリュティアが、ピンポイントで『サンクチュアリ』の新本拠地を見つけてくれたのだ。

ここは予定通り、まずは逃げられないよう周囲を包囲して、数人の魔導師を筆頭にして慎重に様子見を、

「…ふふっ」

ナジュが、何かを読んだらしく、噴き出して笑っていた。

おい、お前今何に笑った?

「ナジュ、お前…」

「いえいえ、大丈夫ですよ我々は。それより…」

それより?

「全力で、後、追った方が良いと思いますよ」

は?

ナジュの言葉に、首を傾げていると。

大剣を抜いたアトラスが、燃えんばかりの闘志を宿し、

「ようやく…ようやく追い詰めたぞ!シュニィを魔女呼ばわりし、シュニィを罠に嵌めて異世界に閉じ込め、けしからんことをせんと企んでいた不埒者め!」

と、叫んだ。

あれ?なんかヤバい空気。

「あの、アトラスさん?ちょっと、落ち着、」

殺気立つアトラスを、何とか宥めようとするシュニィだったが。

その努力は、全くの無意味だった。

「大丈夫だシュニィ、今すぐ仇を打ってやる!喰らえ、シュニィの仇!!」

「私は何もされていませんったら!!」

イノシシのごとくビルに向かって突撃していくアトラスと、そんな夫を大声で追いかけるシュニィ。

これが第三者視点だったら、コントに見えるんだろうなー。

なんて、遠い目で見ていたが。

「え、ちょ。アトラス君!?足はやっ…。ってか羽久!追わなきゃ!」

「もうあいつ一人に任せて良いんじゃないかな…」

「良くないでしょ!」

そうか。

なら行くか。

包囲網を敷いて云々の作戦は何処へやら。

すると、俺の傍らにいた珠蓮が、

「…あの男は、頭は大丈夫なのか?」

至極真剣な顔で尋ねた。

まぁ、そうなるわな。良い質問だ。

「…多分、大丈夫じゃないんだろう」

「…そうか」

とりあえず。

アトラスが全員蹴散らしてしまう前に、俺達も合流を急ごう。
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