神殺しのクロノスタシスⅣ
「お前達の手で、本来の持ち主に…封印の守り人に返してやってくれ」

俺は、思わず言葉を失った。

あのヴァルシーナが、俺達に頼み事をするとは…。

明日、隕石でも振るのか。

いや、そんなことより。

「…随分と、らしくないことをするんだな」

俺は正直に言ったつもりだったのだが。

ヴァルシーナには、嫌味に聞こえたらしく。

更に眉をひそめて、不快そうに言った。

「私が、里の遺産にみだりに手を触れ、挙げ句私怨の為に利用するとでも思ったか?」

お前なら、里の為の大義名分があれば、何でもやりかねないからな。

だが、この賢者の石に関しては話が違うらしい。

「それに、私は賢者の石の扱い方を知らない。私が持っていても、何の役にも立たない」

「…」

「里の秘密は、然るべき者によって、責任を持って守られるべきだ。だから、それは私が持っていて良いものではない」

…そうかい。

お前が素直で良かったよ。

それより。

「お前が…異次元世界に入ったのか」

聖魔騎士団の監視の目をついて、魔法陣に飛び込んだな?

でも、どうしてお前が…。

「賢者の石は、イーニシュフェルトの里の遺産。我が祖父の遺産だ。それが狼藉者に奪われたとなれば、イーニシュフェルトの生き残りである私が取り戻しに行くのが当然だ」

…そういうことか。

殊勝なことだな。相変わらず。

俺達聖魔騎士団と敵対していることは関係ない。それがイーニシュフェルトの里の為なら、私怨は抜きにして行動する。

実にヴァルシーナらしいじゃないか。

「成程。そういうことなら、有り難く受け取っておくよ」

「…ふん」

俺が、確かに賢者の石を受け取るのを見届け。

ヴァルシーナは、もう用は済んだとばかりに、くるりと踵を返した。

「あっ…ちょっ…ヴァルシーナちゃん!」

それを、シルナが引き留めた。

憎きシルナに、馴れ馴れしく名前を呼ばれるのさえ気に食わないのか。

ヴァルシーナは、不愉快の極みみたいな顔をして足を止めた。

「…何だ。まだ用があるのか」

「いや、あの…ヴァルシーナちゃんも、異次元世界に入ったんだよね?」

「さっきも言っただろう」

「なら…。…辛く、なかった?」

…シルナって奴は。

こいつ…ヴァルシーナが敵なんだって分かってるか?

敵の心配をするなんて…お人好しにも程があるぞ。

でも、実にシルナらしいとも言えた。
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