神殺しのクロノスタシスⅣ
翌朝。

ルーデュニア聖王国を発つ珠蓮に、俺とシルナは、ヴァルシーナから託された、最後の欠片を手渡した。

これはヴァルシーナという、イーニシュフェルトの里の生き残りが、自ら異次元世界に飛び込んで、手に入れてきたものであると説明して。

思いもよらないラッキーパンチに、珠蓮も驚いていた。

当然だ。俺も驚いたから。

「そうか…。…何から何まで任せっぱなしで、済まない」

そして、この律儀な反応。

「お前達には、返しきれない借りが出来たな」

「そんな、気にしなくて良いんだよ」

と、シルナは言うけれど。

「いや…この恩は、いずれ必ず返させてもらう」

やっぱり律儀だから、珠蓮はこう言って譲らない。

まぁ、恩を返してもらって悪い気はしないから、いつかの為にも貸しを作ったと思おう。

すると。

「だから…これは、お前達が持っていてくれ」

え?

珠蓮は、俺が手渡した賢者の石の欠片を、突き返してきた。

「…どういう意味だ?これを俺達が持っていても…」

扱い方を知らないのだから、持っていても仕方ないだろう。

それに、これを俺達に渡してしまったら、賢者の石は欠けたままだ。

「これを通信機の代わりにしよう。もしこれから先、お前達が何か困るようなことがあれば、その欠片を通じて、俺を呼んでくれ。何かしらの力にはなろう」

…マジで?

「これ、そんなことも出来るのか?」

「賢者の石は、高密度の魔力の結晶のようなものだ。使い方さえ分かっていれば、何にでもなり得る」

珠蓮の手にかかれば、そんな、便利な無線機みたいな使い方も出来る、って?

まぁ、この石の欠片一つで、あれほど大掛かりな異次元世界を作り出すくらいだからな。

無線機にすることくらい、珠蓮にとっては訳もないのかもしれないが。

「でも、こんな貴重なものを…」

「だからこそ、持っていて欲しい。俺はこれから…ミルツの言っていたこと、師が受け継ごうとしてきたものの意味を…今一度、考え直すつもりだ」

…珠蓮…。

「ただ盲信するように封印を守り続けるのではない。それは、ただの思考停止だ。守ってきたものを、これからどうするのか…。この遺産を、どのような形で後世に伝えるのか…。それは、俺が考えなければならないことだから」

「…そうか」

それは…重大な使命だな。

「結論が出るまで…恩人であるお前達に、預かっていて欲しい。そして何か力になれることがあったら、それを通じて呼んでくれ。何でも力になる」

頼もしいことこの上ないな。

「分かった。…じゃあ、これは学院の方で、しっかり預かっておく」

「あぁ、頼む。…それじゃあ、またいつか」

そう言って。

珠蓮は一人、静かにルーデュニア聖王国を去っていった。

俺は、その背中が完全に見えなくなるまで…珠蓮を見送った。
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