神殺しのクロノスタシスⅣ
今、二人の女子生徒が持ってきてくれた、あのお線香。

あれ蚊取り線香なのか?

「ほら、今年って、もう二学期なのに、まだまだ蚊が多いじゃん?」

「…そうか?」

そうなのか?知らなかったんだが?

「学院の方はそうでもないよ。でも学生寮は、裏手に小さい溝があるから、そこから発生してるみたい」

と、令月。

…そうなんだ…。

「俺達はゴザの周りに蚊帳を吊ってあるから、蚊の心配はないけどさー」

「他の生徒は、しょっちゅう蚊に刺されて目が覚めるって、愚痴ってたから」

お前らは、何で蚊帳持ってるの?

「園芸部の畑の周りにも、よく飛んでてさー。畑仕事にしてるときにも、よく刺されるんだよね」

「うん。僕らは耐性があるから良いけど、蚊に刺されて死ぬ人もいるらしいしね」

「そーそー。このままじゃ死者が出ると思って」

お前らの祖国では、そうだったかもしれないが。

ルーデュニア聖王国の衛生環境なら、蚊に刺されて病気になって死ぬことはないと思うんだが。
 
そんなことは、ジャマ王国出身の二人は知らないので。

「この際だから、お手製の蚊取り線香を作って、皆に快適な夜をプレゼントしようと思ったんだよねー」

「うん。『八千歳』が発案者で、僕も手伝ったんだ」

「丁度園芸部の畑で、虫除け効果のあるハーブが育ってたから、それを練り込んだお手製蚊取り線香」

「二人で頑張って作って、手分けして全部屋に配ってきたよ」

「良い仕事したよねー」

「うん。頑張った」

…何、二人して良い汗かいてんの?

事情は分かったよ。分かったけど。

…何やってんの?お前ら。

「ほら、俺達前職が暗殺者だから、やっぱり邪魔者を排除をすることになると、血が騒ぐと言うか」

「やらなきゃ…!っていう使命感があるよね」

そんなことで、暗殺者の血を騒がせるんじゃない。

学生寮に蔓延る蚊を退治しようという、その心意気は買うけど…。

…だからって。

「…人の部屋に、勝手に侵入するな!」

「え、何で?」

「ちゃんと起こさないように入ったよ?」

そうだろうよ。

起きていても、気づかず侵入して、気づかず去っていくような奴らだからな。

でも違う。そうじゃない。

「皆喜んでるよ、きっと」

「ねー。学院側が何の虫対策もしてくれないから、俺達がやったんじゃんね〜。感謝して欲しいよ」

そうだな。

お前達が、その蚊取り線香を、普通に手渡しで配ってくれたんなら、感謝していただろうな。

誰が、勝手に侵入して、勝手に設置してこいと言ったよ。

お陰で今日、イーニシュフェルト魔導学院の生徒達は、揃って。

朝から、部屋の入口で煙を立てる蚊取り線香に、悲鳴をあげることになったよ。
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