神殺しのクロノスタシスⅣ
「だから娘は絶対、イーニシュフェルト魔導学院になんか返しませんよ」

固い決意を感じる。

この難攻不落の要塞を相手に、どう立ち回れば良いのか…。

ナジュは、しばしエヴェリナ母に好きに言わせ、その様子を観察していたが。

「…でも、奥さん。イーニシュフェルトを退学させて、それからどうするんです?」

「そんなの決まってるわ。地元の中学校に転校させます」

本人の意志に関係なく、かよ。

「成程。でもそれって、学歴から見たら、凄く不利になると思いません?」

「…何ですって?」

お、ナジュの奴。

攻め込む隙を見つけたな?

「だってお嬢さん、一度はイーニシュフェルト魔導学院に入学してますから。一学期だけいて、そこから退学して、地元の中学校に転校…なんて、他人が見たら、何かあったのかと余計な勘繰りを入れらますよ、きっと」

「…」

そこまでは、考えが及んでいなかったのか。

エヴェリナ母は、一瞬返す言葉もなく口を噤んだ。

「良くも悪くも、我が校はエリート校と言われてますからね。そのエリート校をたった一学期でやめて、地元に帰る…なんて、やっぱり良い目では見てもらえませんよ」

こいつ、言い方は丁寧なように見えるが。

要するに、脅してるだけだからな。

「お宅の娘さん、学歴に傷がつくけど良いの?一生『あそこの娘さんって…』みたいにひそひそ言われるけど良いの?」って。

性悪な奴だよ。

「折角国内最難関と言われてる学校に合格して、しかもお嬢さん、成績も良いですからね。授業についていけてないのならともかく、今やめるのは勿体無くないですか?」

笑顔で追い詰めていくスタイル。

やっぱり詐欺師だわ。

「お嬢さんの学歴の為にも、ここは一旦六年間、お嬢さんをイーニシュフェルトで預からせてもらえませんか?」

「…」

口を噤み、こちらを睨むエヴェリナ母。

イレース並みの敵意を放ってるぞ。

あの目を前に、よくもまぁ笑顔で、つらつらと白々しいことばっか言えるもんだ。

「それにほら、イーニシュフェルト魔導学院を卒業したからって、必ず魔導師にならなきゃいけない訳じゃありません。学歴はあくまで、お嬢さんの経歴に箔が付いたということにして、別の道を進むという手段もありますよ」

まぁ、確かにそうなんだけど。

過去にそういう生徒も、全くいなかった訳じゃないんだけど。

国内最難関の魔導学院を、まるまる六年通って卒業しておきながら。

魔導師とは一切関係のない、普通の職につく生徒は、非常に稀だ。

しかもその頃には、エヴェリナもほとんど大人になっている。

自分の人生を、自分で決める権利を持てる年頃だ。

親の制止なんて、あってないようなもの。

六年後に従順になることを期待するのは、あまりにも無謀…だが。

ナジュが、あまりにももっともな顔して、もっともなことを言うので。

成程確かにそうだな、と思わせてくる。

本当に詐欺師だ。

相手にそう思い込ませる、その技術が凄い。

やっぱり詐欺師だわ。

敵に回したくない。もとは敵だったけれども。

「どうでしょう?ねぇ、お父さん」

ナジュは、敢えてエヴェリナ父の方に同意を求めた。

まずは、父親の方を味方につけようと思ったのだろう。

そして、実際。

「う、うん…。確かにそうだな。ともあれ、エヴェリナの望むように…」

と、味方になってくれそうな雰囲気を出したが。

エヴェリナ母は、夫が敵に回ろうとしているのを察知し。

伝家の宝刀、逆ギレを始めてしまった。
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