神殺しのクロノスタシスⅣ
言うまでもないが、ルーチェス・ナジュ・アンブローシアは不死身である。

つまり、殺しても死なない。

故にナジュは長年死に場所を求めて、辛く苦しい放浪の旅を続けていたのであるが…。

今ではイーニシュフェルト魔導学院に落ち着き、居場所を得ている。

…ものの、彼が未だに死に焦がれていることは、学院の教師陣なら誰でも知っている。

要するにナジュにとって、死ぬことはご褒美であり。

決して恐れるものではないし、むしろ殺してくれるなら大歓迎、なのだ。

七日後に毒が回って死ぬ、という『白雪姫と七人の小人』のルールを聞いたときから、思っていた。

「ナジュにとってはこれ、ご褒美ルールだな」と。

そして、同時に…。

「そ、そうか。そんなに死にたいのか」

「えぇ、とっても」

「言っとくけど、これは脅しじゃないんだぞ!本当に死ぬんだからな!」

「そうなんですか。それは心強いですね!さぁどうぞ。七日と言わずに今、今やってくださいよ、ほら」

「そ、そう言うなら…死ね!」

小人が、大声でそう叫んだ。

同時に、ナジュの指に嵌まっていた茨の指輪が、ナジュの身体にブスリと棘を刺した。

「な、ナジュさん!」

天音が、青ざめて声をあげる。

ナジュは気を失ったように、その場に崩れ落ちた。

…毒…効いた、のか?

「は、ははは!ざまぁみろ!僕に優しくしないからだ。その報いを受けたんだ。白雪姫の毒は…」

「…効かないですね、こんなものですか?」

「!?」

死んだかと思われたナジュが、パチッと目を開けた。

…うん。

ナジュはこのルールに喜ぶだろうな、と思うと同時に…。

…この程度では、死なないだろうと思っていた。

「な、何で?何でだ?」

ブスッ、ブスッと繰り返し毒を刺す。

が、その度にナジュは生き返る。

多分、毒を刺す度に死んではいるんだろうが(一般人なら)。不死身のナジュは、こんな毒程度では死なない。

それどころか、段々と毒に耐性がついてきたのか、復活する速度が上がってる。

刺された傍から生き返ってる。

「不死身先生って、『アメノミコト』で使われてる毒でも、『痛たたた』で済ませるもんね」

「痛いどころじゃ済まないはずなんだけとねー、あれ」

死に慣れ過ぎて、色々感覚が麻痺してる。

そんなナジュを、いくらイーニシュフェルトの里の魔法道具と言えども、殺すことは出来ない。

…まぁ、ナジュにしてみれば。

そんなことで死ねるなら、苦労してねぇよ、って言いたいだろうな。

「うぅ…。何でだ?何で死なないんだ!?」

「ふっ。諦めることですね。あなたに、僕は殺せない…どころか」

「え?」 

ナジュの瞳に、殺意が宿った。

「これまでの我儘のツケとして…あなたが、痛い目を見てもらいましょうか」

「…ひっ…」
 
…これは泣くわ。

もう、優しさの欠片もない。

仕方ないな。それだけのことをしたんだから、この小人は。

ナジュだって、好きで脅してんじゃないんだよ。

脅してるって言うか…割と本気だけど…。

「ひっ…う、い、嫌だぁぁ」

「あ、こら」

これは本気で、マジでヤバいと思ったのか。
 
あるいは、自分の圧倒的劣勢を悟ったのか。

ピンク小人は感情の小瓶を放り出して、泣きながら棺桶に逃げ込んだ。
< 653 / 795 >

この作品をシェア

pagetop