陰謀のための結婚
鞄の中で携帯が振動していると気付き、手に取って確認する。知らない番号だ。三矢だろうと察しがついた。
上向いていた気持ちも、急に現実に引き戻される。
通話を押し、相手が話し出すのを待った。
「三矢だ。先方から連絡があった」
「はい」
やはり三矢だった。機械が話しているのかと思えるほどの淡々とした口調に、生まれてから今まで、父という存在に抱いていた諦めの感情が体中に広がっていく。
「結婚に向けて進めてほしいそうだ」
お断りします。という言葉が喉に引っかかって、出ていかない。
せっかく前向きになった母。金銭面で手術を諦めてほしくない。そんな打算的な考えが、断りたい気持ちの邪魔をする。
「両家の挨拶は後日するとして、連絡先を知りたいと言われたから教えておいた。近いうちに連絡があるだろう。さすがあの人の娘だ」
最大限の嫌味を言われ、心は冷たく落ちていく。
『さすが、わたしを唆したあの女の娘だ』
言われていない言葉は、簡単に補われた。
"あの人"と敢えて伏せられる名前。母の名を口にもしたくないのだ。三矢にとって、母は人生の汚点で、私はたまたま利用価値があっただけ。