天敵御曹司はひたむき秘書を一途な愛で離さない
再びの金曜日
そして慌ただしい一週間が過ぎた金曜日の夜、また穂乃果は拓巳のマンションにいる。キラキラひかる夜景を臨むリビングのソファでビーズクッションを抱いている。
さっき拓巳は『こうするといい』と言ってご丁寧に穂乃果の腰や首にもビーズクッションを挟んでいった。お陰で穂乃果の疲れた身体はまるで無重力の世界にいるように力が抜けてしまっている。
キッチンからは食欲をそそるいい香り。ぐつぐつと湯が沸くような音も耳に心地よくて、穂乃果のお腹がぐーと鳴った。
しばらくして出来上がったのは、トマトベースの温かいスープパスタ。
ソファの上ですっかりくつろいでしまっている穂乃果を見て、彼はこのままリビングのセンターテーブルで食べることにしようと言った。どうやら彼もひとりの時はこうやって食べることが多いようだ。
「行儀がいいとはいいがたいが、ま、自分の家だからな。自分が快適なように好きに過ごせばいいんだよ。どの部屋でなにをするかは、自由だ。なんならリビングで寝たっていい」
家での時間を大切にしている彼らしい言葉だと穂乃果は思う。そして彼が会社で伝説の営業マンだと言われていた秘訣を垣間見たような気がした。
不動産の営業はただ物を売ればいいというものではない、この人から買いたいと言ってもらえるような人物になる必要があると、穂乃果に言ったのは誰だったか。家にいる時間をとても大切にしている彼から一生に一度の買い物をしたいと思う人が多かった、というのは納得だった。
「いただきます」と手を合わせて、穂乃果は早速ひと口食べる。熱々のスープがじわりと優しく穂乃果の身体に染み込んで、昼間にあった出来事を癒していく。
今日の昼間、穂乃果は少し大きなミスをしてしまった。買い取りを検討中の土地についての調査資料で重要な情報をひとつ見落としていたのである。
拓巳が途中で気が付いて無事に軌道修正することができたが、彼が気が付いてくれなかったら大きな損失を出していただろう。
彼の秘書になってから、一番大きなミスだった。
なにごともなかったからそれでよかったとはいえない。気持ちを切り替えなくてはと思うのに、気分は沈んだままだった。
でも拓巳が作った美味しいパスタでお腹いっぱいになった今、ネガティブな考えは小さくなってどこかへいく。これだけ反省したのだから、もう二度と同じミスはおかさないと思えるから不思議だった。
「ご馳走さまです」
手を合わせて空になったお皿を穂乃果は運ぼうとする。料理を作った人じゃない方がお皿を洗うのが二ノ宮家のルールだ。でもそれを拓巳に止められた。
「いいよ。後で俺がやる。それより湯を張ったから、風呂に入れ」
「え? で、でもそういうわけには……」
いくらなんでも、毎週毎週なにからなにまで至れり尽くせりしてもらうわけにはいかないと考えて、穂乃果は彼にそう言うが、頭の片隅では口先だけだとも思っていた。
なにせここ彼の家は穂乃果にとってものすごく心地いい。このままお風呂に入って彼の大きなベッドで寝られたらどんなにいいかと思ってしまう。
「いいから、一週間疲れただろう。脱衣所に部屋着を用意してある」
そうまで言われては、温かいお風呂と楽ちんスタイルの誘惑に抗えなくなってしまう。シャキッと気合を入れるため気に入って着ている白いシャツとスーツが、急に窮屈に感じた。
——そして、向かったバスルームにて。
「あ……! そこ、気持ちいい……! ふ、副社長」
「穂乃果、俺たちは付き合ってるんだ。副社長じゃないだろう? ちゃんと名前で呼べ」
「え? で、でもそういうわけには……あ……」
「ここが気持ちいいんだろう? ちゃんとしてほしかったら、呼ぶんだ穂乃果、俺の名前を」
ライトアップされたスカイツリーが浮かぶ夜景を臨むバスタブで穂乃果は拓巳の腕の中にいる。ぬるめのお湯に浸かりながら、彼からの刺激に耐えている。あまりの気持ちよさにもはや息も絶え絶えである。
「あ……そこ……! くっ……!」
でもそこだというところで彼の手は無情にもぴたりと止まる。そして今の穂乃果にとって残酷な言葉を口にする。
「言わないとこのまま放置するからな。……もうあがろうか、穂乃果?」
それは絶対に困ると思い、穂乃果は慌てて言う通りにした。
「た、た、た、拓巳さん……! こっちもやってください! か、片方だけなんて困ります……!」
「よくできました」
満足そうにそう言って、拓巳は穂乃果の左手を取る。そしてプロが負けのハンドマッサージを開始した。
「はぁー気持ちいい~」
自分が置かれている状況も忘れて穂乃果はゆっくりと目を閉じた。
夕食を食べた後拓巳に促されるままにバスルームへ行き穂乃果が湯に浸かっていると、いきなり拓巳に乱入されてしまったのである。
『なんだ、今さら。もうすでに全部見せ合っているじゃないか』
ぎゃーぎゃー騒ぐ穂乃果に、拓巳は平然として言い放ち、そのまま穂乃果のいるバスタブに入ってきた。そして、『疲れただろう?』と穂乃果の手を取りマッサージをしはじめたのである。
優しくも力強い指から送られる刺激に、一週間働き通しでかちこちになった穂乃果の身体はあっというまにふにゃふにゃに溶けた。もう出て行ってくださいとは言えなかってしまうほどに。
仕事中の厳しい彼と、プライベートでの激甘の顔。ふたつの顔に翻弄されて穂乃果の心は陥落寸前である。
この先の彼との関係について考えなくてはならないことが山積みだというのに、このままこの腕の中にいたいという思いで、どうすればいいかわからなかった。
「副社長、会社と普段全然違うんですね……」
告白する前は彼にプライベートがあるなんて、想像もしないくらいだった。
拓巳が首をすくめた。
「あたりまえだろう。仕事とプライベートは別なんだから。穂乃果にとって俺は、仕事では上司だが、プライベートではただの男。穂乃果に本当の意味で受け入れてほしくて全力で尽くしてるんだよ」
そう言って心底楽しそうにくっくと笑う。
穂乃果の胸がちくりと痛んだ。
彼からの愛は間違いなく穂乃果の心に届いている。だけどどうしても彼の愛に応えるわけにはいかないのだ。
黙り込む穂乃果に「安心しろ」と拓巳が言う。
「今だけじゃない。穂乃果が俺を受け入れた後も変わることはないからな。俺は、釣った魚には餌をやりまくって他の池には行けないようにするタイプなんだ」
穂乃果の胸が切なくなる。餌なんかもらわなくてもすでに穂乃果は他の池になど行けそうにない。
「穂乃果」
拓巳が真剣な眼差して穂乃果を覗き込んだ。
「なにを悩んでいる? おしえてくれ。俺じゃ頼りにならないのか? 必ず解決してやるから。ふたりのことはふたりで一緒に考えよう」
仕事ではふたりはいつもそうしてきた。一緒に悩み、解決策を出し合い、最良の選択をする。彼は穂乃果のどんなつまずきにも、丁寧に付き合ってくれた。
でも今回ばかりはそういうわけにはいかないのだ。ふたりの出生は話し合いでは変えられない。なにより穂乃果は、自分がライバル企業の社長令嬢だと知られることで彼からの信頼を失うことが怖かった。
いつまでも応えない穂乃果に、拓巳の瞳が切なく揺れる。大きな手が穂乃果の頭を包み込む。
「……言えるまでは、俺たちは恋人だ」
そして唇を塞がれる。
「ん……」
湯の中でぴくんと跳ねる穂乃果の身体を、もう一方の手が辿り出す。
「穂乃果、俺のものだ」
耳を食みながらの囁きに、穂乃果の濡れた髪先が震えた。
さっき拓巳は『こうするといい』と言ってご丁寧に穂乃果の腰や首にもビーズクッションを挟んでいった。お陰で穂乃果の疲れた身体はまるで無重力の世界にいるように力が抜けてしまっている。
キッチンからは食欲をそそるいい香り。ぐつぐつと湯が沸くような音も耳に心地よくて、穂乃果のお腹がぐーと鳴った。
しばらくして出来上がったのは、トマトベースの温かいスープパスタ。
ソファの上ですっかりくつろいでしまっている穂乃果を見て、彼はこのままリビングのセンターテーブルで食べることにしようと言った。どうやら彼もひとりの時はこうやって食べることが多いようだ。
「行儀がいいとはいいがたいが、ま、自分の家だからな。自分が快適なように好きに過ごせばいいんだよ。どの部屋でなにをするかは、自由だ。なんならリビングで寝たっていい」
家での時間を大切にしている彼らしい言葉だと穂乃果は思う。そして彼が会社で伝説の営業マンだと言われていた秘訣を垣間見たような気がした。
不動産の営業はただ物を売ればいいというものではない、この人から買いたいと言ってもらえるような人物になる必要があると、穂乃果に言ったのは誰だったか。家にいる時間をとても大切にしている彼から一生に一度の買い物をしたいと思う人が多かった、というのは納得だった。
「いただきます」と手を合わせて、穂乃果は早速ひと口食べる。熱々のスープがじわりと優しく穂乃果の身体に染み込んで、昼間にあった出来事を癒していく。
今日の昼間、穂乃果は少し大きなミスをしてしまった。買い取りを検討中の土地についての調査資料で重要な情報をひとつ見落としていたのである。
拓巳が途中で気が付いて無事に軌道修正することができたが、彼が気が付いてくれなかったら大きな損失を出していただろう。
彼の秘書になってから、一番大きなミスだった。
なにごともなかったからそれでよかったとはいえない。気持ちを切り替えなくてはと思うのに、気分は沈んだままだった。
でも拓巳が作った美味しいパスタでお腹いっぱいになった今、ネガティブな考えは小さくなってどこかへいく。これだけ反省したのだから、もう二度と同じミスはおかさないと思えるから不思議だった。
「ご馳走さまです」
手を合わせて空になったお皿を穂乃果は運ぼうとする。料理を作った人じゃない方がお皿を洗うのが二ノ宮家のルールだ。でもそれを拓巳に止められた。
「いいよ。後で俺がやる。それより湯を張ったから、風呂に入れ」
「え? で、でもそういうわけには……」
いくらなんでも、毎週毎週なにからなにまで至れり尽くせりしてもらうわけにはいかないと考えて、穂乃果は彼にそう言うが、頭の片隅では口先だけだとも思っていた。
なにせここ彼の家は穂乃果にとってものすごく心地いい。このままお風呂に入って彼の大きなベッドで寝られたらどんなにいいかと思ってしまう。
「いいから、一週間疲れただろう。脱衣所に部屋着を用意してある」
そうまで言われては、温かいお風呂と楽ちんスタイルの誘惑に抗えなくなってしまう。シャキッと気合を入れるため気に入って着ている白いシャツとスーツが、急に窮屈に感じた。
——そして、向かったバスルームにて。
「あ……! そこ、気持ちいい……! ふ、副社長」
「穂乃果、俺たちは付き合ってるんだ。副社長じゃないだろう? ちゃんと名前で呼べ」
「え? で、でもそういうわけには……あ……」
「ここが気持ちいいんだろう? ちゃんとしてほしかったら、呼ぶんだ穂乃果、俺の名前を」
ライトアップされたスカイツリーが浮かぶ夜景を臨むバスタブで穂乃果は拓巳の腕の中にいる。ぬるめのお湯に浸かりながら、彼からの刺激に耐えている。あまりの気持ちよさにもはや息も絶え絶えである。
「あ……そこ……! くっ……!」
でもそこだというところで彼の手は無情にもぴたりと止まる。そして今の穂乃果にとって残酷な言葉を口にする。
「言わないとこのまま放置するからな。……もうあがろうか、穂乃果?」
それは絶対に困ると思い、穂乃果は慌てて言う通りにした。
「た、た、た、拓巳さん……! こっちもやってください! か、片方だけなんて困ります……!」
「よくできました」
満足そうにそう言って、拓巳は穂乃果の左手を取る。そしてプロが負けのハンドマッサージを開始した。
「はぁー気持ちいい~」
自分が置かれている状況も忘れて穂乃果はゆっくりと目を閉じた。
夕食を食べた後拓巳に促されるままにバスルームへ行き穂乃果が湯に浸かっていると、いきなり拓巳に乱入されてしまったのである。
『なんだ、今さら。もうすでに全部見せ合っているじゃないか』
ぎゃーぎゃー騒ぐ穂乃果に、拓巳は平然として言い放ち、そのまま穂乃果のいるバスタブに入ってきた。そして、『疲れただろう?』と穂乃果の手を取りマッサージをしはじめたのである。
優しくも力強い指から送られる刺激に、一週間働き通しでかちこちになった穂乃果の身体はあっというまにふにゃふにゃに溶けた。もう出て行ってくださいとは言えなかってしまうほどに。
仕事中の厳しい彼と、プライベートでの激甘の顔。ふたつの顔に翻弄されて穂乃果の心は陥落寸前である。
この先の彼との関係について考えなくてはならないことが山積みだというのに、このままこの腕の中にいたいという思いで、どうすればいいかわからなかった。
「副社長、会社と普段全然違うんですね……」
告白する前は彼にプライベートがあるなんて、想像もしないくらいだった。
拓巳が首をすくめた。
「あたりまえだろう。仕事とプライベートは別なんだから。穂乃果にとって俺は、仕事では上司だが、プライベートではただの男。穂乃果に本当の意味で受け入れてほしくて全力で尽くしてるんだよ」
そう言って心底楽しそうにくっくと笑う。
穂乃果の胸がちくりと痛んだ。
彼からの愛は間違いなく穂乃果の心に届いている。だけどどうしても彼の愛に応えるわけにはいかないのだ。
黙り込む穂乃果に「安心しろ」と拓巳が言う。
「今だけじゃない。穂乃果が俺を受け入れた後も変わることはないからな。俺は、釣った魚には餌をやりまくって他の池には行けないようにするタイプなんだ」
穂乃果の胸が切なくなる。餌なんかもらわなくてもすでに穂乃果は他の池になど行けそうにない。
「穂乃果」
拓巳が真剣な眼差して穂乃果を覗き込んだ。
「なにを悩んでいる? おしえてくれ。俺じゃ頼りにならないのか? 必ず解決してやるから。ふたりのことはふたりで一緒に考えよう」
仕事ではふたりはいつもそうしてきた。一緒に悩み、解決策を出し合い、最良の選択をする。彼は穂乃果のどんなつまずきにも、丁寧に付き合ってくれた。
でも今回ばかりはそういうわけにはいかないのだ。ふたりの出生は話し合いでは変えられない。なにより穂乃果は、自分がライバル企業の社長令嬢だと知られることで彼からの信頼を失うことが怖かった。
いつまでも応えない穂乃果に、拓巳の瞳が切なく揺れる。大きな手が穂乃果の頭を包み込む。
「……言えるまでは、俺たちは恋人だ」
そして唇を塞がれる。
「ん……」
湯の中でぴくんと跳ねる穂乃果の身体を、もう一方の手が辿り出す。
「穂乃果、俺のものだ」
耳を食みながらの囁きに、穂乃果の濡れた髪先が震えた。