天敵御曹司はひたむき秘書を一途な愛で離さない
拓巳の秘密
「起きたのか、身体は大丈夫か」
窓から差し込む明るい日差しの中で微笑む彼に、穂乃果は思わず見惚れてしまい返事をすることもできなかった。
はじめて見るラフな部屋着姿の彼は、言葉にできないくらい素敵だ。
「どうした?」
もう一度問いかけて、彼はゆっくりとこちらへ歩み寄り、穂乃果がいるベッドに腰掛けた。
ようやく穂乃果は反応する。
「あの、寝坊してしまってすみません」
拓巳が苦笑した。
「いや、いいよ。こちらこそ申し訳ない。昨夜は無理をさせた。まさかはじめてだとは思わなかったんだ」
その言葉に穂乃果は真っ赤になってしまう。
「すみません……」
「謝らなくていいって」
大きな手が穂乃果の髪を優しく撫でた。
「穂乃果がはじめてだって知ってたら、もっとちゃんとしたところに連れて行ったのになって思ったんだ。でも今から思うと、君の年齢と雰囲気から考えてその可能性を先に確認するべきだった。好きだった人に思いがけず告白されて、俺も昨夜は舞い上がっていたんだな」
照れたように笑う拓巳に、穂乃果はやっぱり自分はまだ夢を見ているのだろうと思う。"穂乃果"と名前を呼ばれることも"好きな人"という言葉も現実とは思えない。
「私……私こそこんな風になるなんて思わなかったから、……無我夢中だったんです。なんかまだ夢みたい」
頬を染めてそう言うと、拓巳がフッと笑みを漏らした。
「夢じゃないよ」
「でもまさかオッケーをもらえるなんて……」
「穂乃果」
シーツの上の穂乃果の手に、拓巳の手が重なった。
「俺はもうずっと前から君が好きだった。でも会社では上司と部下だから、俺から言うわけにはいかなかった」
会社では部下に厳しい指示を飛ばす低い声が、穏やかに自分への愛を語るのを穂乃果は不思議な気持ちで耳を傾けた。
「だが君も同じ気持ちならもう俺は遠慮はしない。将来を見据えた真剣な付き合いをしたいと思っている」
「将来を見据えた……」
では彼は穂乃果を一時的な恋の相手としてではなく、生涯のパートナーとして考えているということか。
唖然とする穂乃果の頭を拓巳がクシャクシャと撫でた。
「まだ君は若いから結婚なんて考えられないだろうが。ま、おいおい……」
「そ、そんなことありません!」
穂乃果は思わず声をあげる。
穂乃果の彼に対する気持ちだって一時的なものではない。告白した時はまさかこうなるなんて思わなかったけれど、こうなったからにはずっと彼と一緒にいたい。
「私も真剣です!」
言葉に力を込めてそういうと、拓巳が嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、よろしくな」
「はい!」
穂乃果の胸に温かいものが広がってゆく。
するとそこで、拓巳がなにかを思い出したように口を開いた。
「そういえば、穂乃果に知っておいてほしいことがあるんだが」
その言葉に穂乃果が首を傾げると、彼は穂乃果の手を握り、話しはじめた。
「社内でもまだ一部の人間しか知らないことだ。俺は来週頭に取締役に就任するが、肩書きは取締役副社長なる。つまり事実上、獅子王社長の後継者として指名されるんだ」
その話の内容に穂乃果は「え!」と声をあげて、目を剥いた。
そのような噂を聞いたことはあるけれど、まさか本当にそうなるとは思いもしなかった。
獅子王不動産は旧財閥である獅子王一族が経営する会社だ。いくら彼が優秀でも一族でない者を後継にするなんて。
そんなことあり得るのだろうか。
その穂乃果の疑問に、拓巳が即座に答えを出した。
「実は俺は、獅子王社長の息子なんだ」
今度は穂乃果は絶句する。彼が社長の息子なら、後継を継ぐのは納得だ。でもそれは穂乃果にとっては都合が悪い。
青ざめる穂乃果をよそに拓巳が事情を話し始めた。
「両親は離婚していて高杉は母の姓なんだ。入社にあたって高杉を名乗ったのはその方が都合がよかったからなんだ。獅子王の御曹司としてではなくて実力で次期社長だと認められること。これが獅子王不動産を継ぐための親父から出された条件だった。とこのことは週が明けたら社内にも発表されることになっているが、穂乃果には先に知っておいて……穂乃果? どうしたんだ?」
穂乃果の表情に異変を感じた拓巳が首を傾げている。
穂乃果はそれに答えることができなかった。
晴天の霹靂とはこのことだ。
天国から地獄へ突き落とされたような気分だった。
だってそんなこと……そんなこと、知っていたら……。
「穂乃果?」
愕然としたままなにも言わない穂乃果に、拓巳がやや申し訳なさそうに口を開いた。
「黙っててすまない。だが、君とこうなる前に言うわけにはいかなかったんだ」
もちろんそれはそうだろう。
昨日までふたりはただの上司と部下だった。こんな重大な秘密を共有する必要はない。
でも。
でも……!
「なにも不安になることはない。穂乃果は今まで通り……」
「そ、そういうわけにはいきません!」
穂乃果は声をあげる。転がり落ちるようにベッドから降りると、散らばっているぐちゃぐちゃの衣服を大急ぎで身につけた。頭の中もぐちゃぐちゃだった。どうしよう、そんなの困るという言葉だけがぐるぐると回っている。
バックを掴み出口へ向かう穂乃果を拓巳の手が引き止める。
「穂乃果? どうしたんだ? 話を聞いてくれ。名前が変わるだけで、俺自身はなにも変わらない。俺たちは……」
穂乃果はもはや泣きそうになって、彼を見上げて首を振る。
「そうだけど、そうじゃないんです……」
「穂乃果? なにを言って……」
「すみません、昨日の話はなかったことにしてください!」
そして彼の腕を振り切って逃げるように彼の家を後にした。
まさか自分の方がこのセリフを言うことになるとは思わなかったと思いながら。
窓から差し込む明るい日差しの中で微笑む彼に、穂乃果は思わず見惚れてしまい返事をすることもできなかった。
はじめて見るラフな部屋着姿の彼は、言葉にできないくらい素敵だ。
「どうした?」
もう一度問いかけて、彼はゆっくりとこちらへ歩み寄り、穂乃果がいるベッドに腰掛けた。
ようやく穂乃果は反応する。
「あの、寝坊してしまってすみません」
拓巳が苦笑した。
「いや、いいよ。こちらこそ申し訳ない。昨夜は無理をさせた。まさかはじめてだとは思わなかったんだ」
その言葉に穂乃果は真っ赤になってしまう。
「すみません……」
「謝らなくていいって」
大きな手が穂乃果の髪を優しく撫でた。
「穂乃果がはじめてだって知ってたら、もっとちゃんとしたところに連れて行ったのになって思ったんだ。でも今から思うと、君の年齢と雰囲気から考えてその可能性を先に確認するべきだった。好きだった人に思いがけず告白されて、俺も昨夜は舞い上がっていたんだな」
照れたように笑う拓巳に、穂乃果はやっぱり自分はまだ夢を見ているのだろうと思う。"穂乃果"と名前を呼ばれることも"好きな人"という言葉も現実とは思えない。
「私……私こそこんな風になるなんて思わなかったから、……無我夢中だったんです。なんかまだ夢みたい」
頬を染めてそう言うと、拓巳がフッと笑みを漏らした。
「夢じゃないよ」
「でもまさかオッケーをもらえるなんて……」
「穂乃果」
シーツの上の穂乃果の手に、拓巳の手が重なった。
「俺はもうずっと前から君が好きだった。でも会社では上司と部下だから、俺から言うわけにはいかなかった」
会社では部下に厳しい指示を飛ばす低い声が、穏やかに自分への愛を語るのを穂乃果は不思議な気持ちで耳を傾けた。
「だが君も同じ気持ちならもう俺は遠慮はしない。将来を見据えた真剣な付き合いをしたいと思っている」
「将来を見据えた……」
では彼は穂乃果を一時的な恋の相手としてではなく、生涯のパートナーとして考えているということか。
唖然とする穂乃果の頭を拓巳がクシャクシャと撫でた。
「まだ君は若いから結婚なんて考えられないだろうが。ま、おいおい……」
「そ、そんなことありません!」
穂乃果は思わず声をあげる。
穂乃果の彼に対する気持ちだって一時的なものではない。告白した時はまさかこうなるなんて思わなかったけれど、こうなったからにはずっと彼と一緒にいたい。
「私も真剣です!」
言葉に力を込めてそういうと、拓巳が嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、よろしくな」
「はい!」
穂乃果の胸に温かいものが広がってゆく。
するとそこで、拓巳がなにかを思い出したように口を開いた。
「そういえば、穂乃果に知っておいてほしいことがあるんだが」
その言葉に穂乃果が首を傾げると、彼は穂乃果の手を握り、話しはじめた。
「社内でもまだ一部の人間しか知らないことだ。俺は来週頭に取締役に就任するが、肩書きは取締役副社長なる。つまり事実上、獅子王社長の後継者として指名されるんだ」
その話の内容に穂乃果は「え!」と声をあげて、目を剥いた。
そのような噂を聞いたことはあるけれど、まさか本当にそうなるとは思いもしなかった。
獅子王不動産は旧財閥である獅子王一族が経営する会社だ。いくら彼が優秀でも一族でない者を後継にするなんて。
そんなことあり得るのだろうか。
その穂乃果の疑問に、拓巳が即座に答えを出した。
「実は俺は、獅子王社長の息子なんだ」
今度は穂乃果は絶句する。彼が社長の息子なら、後継を継ぐのは納得だ。でもそれは穂乃果にとっては都合が悪い。
青ざめる穂乃果をよそに拓巳が事情を話し始めた。
「両親は離婚していて高杉は母の姓なんだ。入社にあたって高杉を名乗ったのはその方が都合がよかったからなんだ。獅子王の御曹司としてではなくて実力で次期社長だと認められること。これが獅子王不動産を継ぐための親父から出された条件だった。とこのことは週が明けたら社内にも発表されることになっているが、穂乃果には先に知っておいて……穂乃果? どうしたんだ?」
穂乃果の表情に異変を感じた拓巳が首を傾げている。
穂乃果はそれに答えることができなかった。
晴天の霹靂とはこのことだ。
天国から地獄へ突き落とされたような気分だった。
だってそんなこと……そんなこと、知っていたら……。
「穂乃果?」
愕然としたままなにも言わない穂乃果に、拓巳がやや申し訳なさそうに口を開いた。
「黙っててすまない。だが、君とこうなる前に言うわけにはいかなかったんだ」
もちろんそれはそうだろう。
昨日までふたりはただの上司と部下だった。こんな重大な秘密を共有する必要はない。
でも。
でも……!
「なにも不安になることはない。穂乃果は今まで通り……」
「そ、そういうわけにはいきません!」
穂乃果は声をあげる。転がり落ちるようにベッドから降りると、散らばっているぐちゃぐちゃの衣服を大急ぎで身につけた。頭の中もぐちゃぐちゃだった。どうしよう、そんなの困るという言葉だけがぐるぐると回っている。
バックを掴み出口へ向かう穂乃果を拓巳の手が引き止める。
「穂乃果? どうしたんだ? 話を聞いてくれ。名前が変わるだけで、俺自身はなにも変わらない。俺たちは……」
穂乃果はもはや泣きそうになって、彼を見上げて首を振る。
「そうだけど、そうじゃないんです……」
「穂乃果? なにを言って……」
「すみません、昨日の話はなかったことにしてください!」
そして彼の腕を振り切って逃げるように彼の家を後にした。
まさか自分の方がこのセリフを言うことになるとは思わなかったと思いながら。