天敵御曹司はひたむき秘書を一途な愛で離さない
会議室
「副社長、会議への出席ありがとうございました」
 獅子王不動産本社ビルの会議室にて、散会し社員が部屋を後にする中、プロジェクトリーダーが拓巳に頭を下げている。
 拓巳がタブレットを閉じて拓巳がそれに応えた。
「いや。でしゃばるのもどうかなと思ったんだが。でも久しぶりに現場の空気を感じられて、有意義な時間だった」
 穂乃果は彼の隣で机の上に散らばったままの資料を集めていた。
 大規模マンション開発のプロジェクト企画会議である。このマンションの用地の買収を成功させたのは拓巳だ。
 だが通常なら副社長としての役割はそこまで。後はマンション事業部の社員が着工販売までを担う。
 監督責任こそあるものの本来なら彼はこの会議に出る必要はない。他の役員もそこまではしないはずだ。
「でしゃばるだなんて! 僕としてはありがたかったです。副社長がおられるだけでチームの士気が上がります。毎回来ていただきたいくらいです」
「大げさだな」
 リーダーの言葉に、拓巳は苦笑している。でも穂乃果にはリーダーの気持ちがよくわかった。
 まだマンション事業部にいた頃に同じように思ったことがあったからだ。忙しさに殺伐とした空気が漂う終業後の残業時間、意味のない議論がダラダラと続く会議など、皆がやる気を失うようなシチュエーションでも彼が顔を出すだけでピリリとした空気になり、いい意味で気が引き締まるのだ
 目の前の社員はやり手だが若い。大きなプロジェクトを任されたのははじめてだから拓巳にいてほしいと思うのは納得だった。
「それにしてもなんとか順調に進んでいるのでよかったです。用地が変更になった時はどうなることかと思いましたが」
 リーダーが安堵したように拓巳に言う。
 その言葉に、拓巳が頷いた。
「そうだな」
 このプロジェクトは、もとは穂乃果に対して問題を起こした地主の土地のマンション計画だった。
 あの事件の後、拓巳はすぐに契約を白紙に戻してしまったから、プロジェクトは一時ストップしていたのだ。退院した地主が息子の不手際を知り、慌てて菓子折りを持って本社まで謝罪に来たが、拓巳は頑として首を縦には振らず、結局両者は決裂した。
『一度ケチがついた土地を買うつもりはない。あのプロジェクトは会社にとって重要なプロジェクトなんだ』
 複雑な思いがありながらも穂乃果はそれに口出しはしなかった。そういった験担ぎは、不動産業においてはよくあることだからだ。
『うちの会社があの地域に縁があるなら、そのうちいい話があるさ』
 その言葉の通り、その後すぐに同じ区画整理地区内のもっと条件のいい別の土地の話が持ち込まれ契約が成立したのだ。
「なんにせよ。いいものができそうだな、楽しみだよ」
 リーダーに向かって微笑む拓巳は、あの日自分のことを『青くさい』と笑っていた時の目をしている。
 彼は獅子王不動産を率いていく資質を十分に持っていて、次期社長は彼しか考えられないというのは全社員共通の認識だ。
 でも彼自身は社長になりたくてこの仕事をしているわけではないだろうと穂乃果は思う。
 彼はただこの仕事が好きなだけなのだ。
 そして穂乃果はそんな彼のことが大好きだ。
 穂乃果の告白から始まった騒動の中で、もう彼とは一緒に働けないのかもしれないと何度思ったかしれない。だからこそこうやって隣にいられるのが奇跡みたいに嬉しかった。
「二ノ宮行くぞ」
 タブレットを掴んで、さっそうと会議室を出て行く拓巳の後に続きながら、穂乃果はそんなことを考えていた。
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