もふもふ、はじめました。
 電子化の波もあって。紙ベースの書庫室にはほぼ人が近付かない。

 空調も、今付けているわけじゃないから、しんとした冷えた空気だ。

 独特の図書館のような匂いがして、私は嫌いじゃないけど。こんなところで、何の用なんだろう?

 カタンと音がして、私は振り向いた。大きな三角の黒い耳。吉住課長だ。

「……千世、悪い。遅くなった」

「吉住課長、どうしたんですか? 朝来たら付箋があってびっくりしました」

「こうでもしないと、直接会えないと思ってな。強硬策に出た」

 吉住課長はそうすることが当たり前のように私を胸に抱くと、ほっと大きく息をついた。

「来週の金曜。やっぱり、一緒に行ったらダメか?」

 見上げると、黒い目が切なげに揺れていて絆されそうになってしまう。

「……ダメです。本当に私と付き合っている吉住課長が来ちゃうと話がややこしくなるんです」

 私は出来るだけわかりやすく、率直に言った。吉住課長はもう一度大きく息を吐くとぎゅっと抱きしめながら言う。
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