家出少女と恋愛小説家
 男の家は瓦屋根の古い日本家屋だった。玄関ですぐにタオルを渡してくれた。傘といいタオルといい、あらかじめ自分を連れてくるつもりだったのだろうかと志保美は訝しがった。

「寒かったろ。風呂沸いてるから入りな」

 風呂の用意までしているとは周到だ。志保美は黙ってうなずいた。

 2日ぶりの温かい湯に浸かった。この2日間は濡れタオルで身体を拭くことしかできなかったのだ。凍えた身体が芯から温まる。

 風呂から上がると、男は台所のテーブルに夕食の支度をしていた。

「飯、食うか?腹減っただろ」

 2日ぶりのまともな食事。おかずはほとんどスーパーで買ったお惣菜で、味噌汁はインスタントのようだが、あまりにもおいしすぎて涙がこぼれた。特に何かを話すでもなく、互いに黙々と夕食を食べた。

 夜も更けてくると、先程までの大雨が嘘のように止み静けさが訪れた。雨が降ったあと特有の湿っぽさを肌に感じる。

「あの、ありがとうございました」

 志保美は縁側に座ってタバコを吸いながら缶ビールを飲んでいる男に声を掛けた。

「座る?」

 男は自分の隣を指差した。志保美は一瞬悩んだが、そろそろと男のそばに歩み寄り、少し距離を空けて隣に腰を下ろした。

「すいません、お名前聞いてなかったですよね。私、中尾志保美っていいます」

「サエキリュウタロウ」

 サエキリュウタロウ…?

どこかで聞いたことがあるような名前だが思い出せない。

 志保美は改めて男の容姿を見たが、癖毛のボサボサ髪で無精ひげを生やしていた。あまり身だしなみを気にしない人なのだろうか。目鼻立ちがはっきりしていて元はよさそうなのにもったいない。見たところ30代前半といったところか。
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