家出少女と恋愛小説家
「君、学校は?」

「今、夏休みです」

「なんであんなところにいたの?一昨日からいなかった?」

「なんで知ってるんですか?」

 ちょっと怖い。

「俺の散歩コースだから。見かけない子がいるなぁと思って」

 彼は缶ビールを一口呷った。

「家出、したんです」

「なんで家出なんかしたの?」

「進路のことで母と喧嘩したんです。私がしたいことと母が私に求めることが違いすぎて。母子家庭で一人娘だし、心配なのは分かるんですけど、過干渉なんですよ。娘の可能性を潰すようなこと言わないでほしい」

「君の気持ちは分からんではないが、一人娘が家を出て行ったなら君の母親は心配どころではないだろう」

「そんなの知ったこっちゃないです」

「ほとぼりが冷めたら家に帰れよ」

「ここにはずっといないですけど、家に帰るかどうかは分かりません」

 佐伯はふっと鼻で笑ってタバコを吸った。

 翌朝、居間のテーブルに「外出する。朝ご飯は適当に。佐伯」という書置きがあった。志保美が自室として与えられた部屋に戻る途中の部屋の引き戸が少し開いていた。佐伯の書斎だ。書斎を覗くと大量の本が至るところに山積みになっていた。興味本位で部屋に入ってみると、本棚にもたくさんの本が入っていた。本の中の著者名に「佐伯龍太朗」の文字を見つけた。

「サエキ、リュウタロウ…。佐伯龍太朗って、もしかして小説家の…!?」

 佐伯龍太朗と言えば、恋愛小説家として世間では有名だ。何本か映画化されているのも志保美は知っている。佐伯龍太朗は顔出しをしない、マスコミ嫌いの作家だということは知っていたが、まさか自分の容姿にあんな頓着しない人だったとは思わなかった。志保美は佐伯の作品を1冊手に取って読み始めた。本はあまり読まないが、それが思った以上におもしろく、時間が経つのも忘れて食い入るように読みふけってしまった。
< 3 / 13 >

この作品をシェア

pagetop