家出少女と恋愛小説家
「佐伯さ―――ん!なんで死んじゃうんですか―――!」

「は?ああ、小説の話?」

 夕方、志保美は佐伯の書斎を訪れた。ノックもせず突然書斎に入ってきた志保美にいささか驚いた表情で佐伯は振り返った。佐伯はくわえタバコでパソコンに向かっていたところだった。

「ふたりは夫婦になれると思ったのにぃ」

「何、泣いてんの?」

 志保美は本を抱いて佐伯に駆け寄った。その勢いに佐伯が後ろにのけ反った。

 志保美が読んだのは佐伯が2冊目に出した本だった。ある日突然恋人から別れを切り出された主人公が、のちに彼女が難病にかかっていることを知り、彼女が入院している病院に行くと瘦せ衰えた彼女と再会する。主人公は献身的に病院に通うも、彼女の死をもってふたりには永遠の別れが訪れてしまう。

「一瞬でも夫婦になれたじゃないか」

 彼女が亡くなる3日前に、両親の反対を押し切ってふたりは入籍したのだ。

「そんなんじゃ報われないですよぅ」

「泣きすぎだろ。拭きな」

 佐伯は志保美に箱ティッシュをくれた。志保美はティッシュを何枚か取り、涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔を拭いた。

「佐伯さんの本を読んだの初めてなんですけど、佐伯さんみたいな人がこんな甘くて切ない恋愛小説が書けるなんて信じられません」

「君、失礼なこと言ってる自覚ある?」

「あ、すいません」

 佐伯は紫煙をゆっくりとくゆらせながら目をすがめた。

「あの、佐伯さん」

「ん?」

 志保美は佐伯に更に詰め寄って、泣き笑いながら佐伯に言った。

「私、佐伯さんのファンになっちゃいました」

 佐伯はあどけなさを残しながら艶っぽいその表情に面食らってしまった。目を見開いて志保美を見たのち、その目を逸らしてタバコを持つ手の親指でこめかみのあたりを掻いた。

「…そうか」

「もしかして照れてます?」

「うるせえな」

 佐伯は目を逸らしたまま志保美の頭をくしゃりと撫でた。
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