腹黒脳外科医は、今日も偽りの笑みを浮かべる
「いってらっしゃい、もも」
そう言って手を振ると、ももが心から嬉しそうに笑う。
その時、ももの家から美奈先生が苦笑しながら出てきた。
「おはよう、今日もももが大きな声で告白してたわねぇ」
「おはようございます。美奈先生は、ももの家に泊ってたんですか」
「一人じゃ何かと心配だしね」
そう言って美奈先生は笑う。
ももの母親、そして美奈先生の妹が亡くなったのは4年ほど前。
そのとき、ももは泣いて泣いて、涙が枯れるんじゃないかってくらい泣いて。
それから、母親と住んでいた家に一人でも住み続けたいと言い出した。
それを後押ししたのは彼女の伯母でもある美奈先生だ。
それからよくここに来たり、ももが美奈先生の家に泊っているのは知っていた。
美奈先生は彼女の後姿を見送り、そして僕の方を見て言った。
「李久くんと結婚してくれたら安心だけど」
「まだ、学生ですよ。それに、結婚どころか恋愛だって、なにも知らなさそうですけど、どうして先に結婚をすすめるんですか」
「だって、あの子は最初から他の誰も目に入ってないし。結婚して、李久くんが責任取って全部教えてあげたら? 保護者としては賛成。病院長だって、ももならいいって言ってたわよ?」
そんなことをはっきり言われて、思わず咳込みそうになる。
「そ、それはっ、何言ってるんですか……」
「決して本音を見せない完璧な李久くんでも、あの子のことならそんな素直な反応するのよね」
(素直……)
自分も思っていなかったことを言われて驚いた。
自分の感情なんて、全く出しているつもりはなかったのに。
「知ってると思うけど、あの子の家庭、本当に素敵だったのよ。両親とも、愛情を注ぐのが上手でね。父親が亡くなってからも、ももの母親……私の妹がね、あの子にお父さんとの思い出とか、好きなところをたくさん話して、いまだにあの子はファザコンめいたところあるし。だから、あんなに素直に育ったんだろうけど。一緒にいると、自分まで素直になるのよ」
「……僕は、彼女の可能性をつぶしたくはありません」
「つぶすもなにも、どのみち、李久くんのそばにいられるような選択しか、ももはしないわ」
「そんなことないですよ。もっと周りの男性を見たら変わります」
そうは言ったけど、他の男を彼女が見つめだしたら自分の感情がきっと抑えられないだろうと、そんな予感だけが鎮座していた。