腹黒脳外科医は、今日も偽りの笑みを浮かべる

 最近あんな夢ばかり見ている。今回のは特に生々しかった。自分が『欲求不満』みたでイヤになる。

 昨日の夜、病院長に呼び出されてあんな話をされたのも原因の一つだと思う……。


―――昨日。

 仕事の後に指定された料亭に行ってみると、そこには彼の父である病院長と、私の伯母で産婦人科医の美奈さんが一緒にいた。

 最初はいつも通り、私と美奈さんを中心に他愛もない話をしながら食事をしていたけど、食事も終盤に差し掛かった時、病院長は重い口を開いた。

『ももちゃんも、もう仕事にも慣れて来ただろ。そろそろ子どものことも考えていいんじゃないか』

 その言葉にドキリとした。
 病院長が子どもを期待しているのはしっかり知っていたし、できれば私もその希望に応えたいとは思っていたから……。

 でも、そう簡単にはいかない事情があった。

『あ、えっと、あの……』
『一緒に住んでても、あっちが忙しすぎて全然顔も合わせてないんでしょ?』

 言葉に詰まる私に、美奈さんが助け舟を出してくれる。

『あの……はい。でも……私のせいなんです。私が至らないばかりに』

『いや、アイツが忙しすぎて、そういう時間も持てないんだろう。新しい医師も増やして、オペも減らすようにするから』

 そう言われて、私は思わず顔をあげた。
 たしかに、脳神経外科医で、救急医でもある彼の忙しさは尋常ではない。

 脳神経外科のオペは他の科に比べても長く、下手すると一日ぶっ続けてオペをしていることもあるのだ。

 子どもはさておき、少しでも彼が落ち着ける時間ができるならそっちの方がいいと思う。

『そ、そうですね。子どもは置いておいても、本当にお忙しそうなので……少しでもオペが減るならいいと思います。体調も心配ですし』

 私が言うと、病院長は、任せて、と微笑んだ。
 美奈さんはからかうように、

『あとは、ももちゃんが夜になると眠気が勝っちゃうとこと、絶望的なほど色気のないとこをなんとかしないとねぇ』
と私を見た。

『う……』

 私に色気がないのは私も改善しようと思ってる。
 50を過ぎてもモテモテのままの美奈さんに色々教えてもらって、必要以上にそういう知識もたくさんつけた。

 でも、夜だけは本当に弱くて、頑張っても12時にはまぶたが下がってくるのだ。彼が帰ってくる時間には誘惑どころの話ではない。

『まぁ、色気の方は……今更胸も大きくならないし、結婚祝いにあげた下着でなんとかしなさい』
『あれですかぁ……』
『大丈夫、あれなら襲ってくれるわ』

 そんな話をしたからだ。だからきっとあんな夢見たんだ。


―――実際の彼は、私を抱こうとしたことすらないのに……。


 はぁ、と息を吐いてルームウェアを脱ぐ。
 ガラス窓に映った自分があまりにも幼児体型で、また、はぁ、とため息が漏れた。

 私はとりあえずクローゼットから美奈さんにもらった赤い下着を探し当て、それを目を細めて見てから、つけていくことにした。着慣れておくことも大事だろう。
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