愛のアンフォルメル

この日から、私と理玖は顔を合わせる度にキスをし合う関係になった。

誰にも見られない理玖や私の部屋であることがほとんどだった。
理玖にキスをせがまれると、私はいつだって断ることが出来ないのだった。

それは理玖が菫さんの弟だからなのだと思う。
彼と唇を合わせることで、間接的にでも菫さんと繋がれていられるような気がしていた。

理玖の絶望を私は土足でさらに踏みつけていた。
そのことに少しばかり快感があったことも認識していた。

そんな自分のことを残酷な人間だと分かっていた。
しかしながら、残酷であれば残酷であるほどに菫さん自身に近付けているような錯覚を抱くのだ。

やめられるわけがなかった。
それほどまでに理玖との軽いキスは私にとって麻薬みたいなものになっていたのだ。

そんな日々が幾日か続いたある日――――。

今日も今日とて私は理玖の部屋で彼とキスを交わしていた。
小鳥の囀りみたいな軽いフレンチキスだった。

そして正しく唇が重なり合ったその瞬間に、理玖の部屋の扉が開いた。

慌てて身体を引き離したあと、私は扉の前で立っていた人物と目を合わせた。
その勢いが良かったために理玖を拒絶したように見えたことにも、彼の表情がショックに染まっていたことにも気付きはしなかった。

なぜなら私は目の前の思いがけない人物に注視していたからだ。

思考停止のち、生唾を飲み込む。
変に濡れた唇が恥ずかしくて、その羞恥心に心が壊れそうだった。

何とか紡ぎ出した声はやけにしわがれていた。

「……菫、さん……」

私に名前を呼ばれた世界的アーティストは、へらりと笑って頭を掻いた。

「や、やぁ。凛ちゃん、久しぶりだね」

飄々とした彼の様子に今度こそ私は居たたまれなかった。

理玖の様子を確認する余裕もなく、私は立ち上がり、部屋を飛び出そうとした。
一瞬たりともこの場に居たくなかったのだ。

憧れの人を目の前にして、キスシーンまで見られて、ましてや本気じゃないキスで、邪推に満ちた醜い心の奥までバレてしまったみたいな気がして。

逃げ出したいという気持ちばかりがこのとき私を支配していた。
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