弁柄
日が真上まで昇った頃、また彼女を訪れた。
今朝驚きのあまり帰ったことを謝りたいと思ったのだ。
更に、彼女のあまりに人間離れした美しさに
自分を乗っ取られそうになっていた。
日中ということもあり人通りはそれなりにあるが
彼女のおかれている場所は
言葉には出来ない物哀しい雰囲気が漂っていた。
父の思惑通り悪い虫は寄り付かないようだ。
しかし、彼女自身が"悪い虫"になってしまっていた。
「やあ、今朝の事を謝りにきたんだ。」
少しの返事も聞こえない。
「あまりに驚いて帰ってしまって、
 すまなかった。
 良くできた人形だと思っていたんだ。
 君の気分を害したんじゃないのかと
 また来てみた。」
「そう。」
とまた小さく言い、
静寂が訪れた。
「僕は世の中の事を殆ど知っていると思っていた。
 君みたいな人が存在しているとも知らずに。
 豆鉄砲をくらったようだよ。
 まあ、豆ごときには僕は驚かないけどね。
 ところで、ずっとここに居て何をしているんだ?
 目も閉じたままで、何も見えないだろう。」
「待っているんです。」
「何を?」
「父を。」
「何故?」
「私一人では食事が出来ないので。
 弁柄が乾くまではこうしておかないと。」
今朝のように返事を返さず、
彼女の涙を見ていた。
ただ今回は帰らなかった。
ただの空に耳を済ませていた。
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