黒曜の戦場
こんなこと、話せる人なんていなかった。
「琥珀ちゃんは、絵が好きでいたいんだね」
「ずずっ……はい」
運転手さんが赤信号の隙に渡してくれたティッシュで、ずびびと鼻をかむ。
乙女を名乗って申し訳ない、琥珀は今は乙女をやめます。
じゅびびびびっ!!ちーん!!
ぶふっと咲くんが笑いを堪えきれなかったように笑う。
運転手さんからも「ごふン、ん"ん"っ」と聞こえてきた。
けれど今は乙女をやめている琥珀ちゃんなので、我慢するのだ。
でも恥ずかしいから穴掘ってモグラさんになりたいな。
「琥珀ちゃんはさ、ふっ……………ごめん、はぁ。これまでに『スランプ』にはなったこと、あるの?」
「すらんぷ……?」
笑いをこらえながら、咲くんが聞いてくれた『すらんぷ』。
それは、聞いたことはあるけれど、自分に当てはまるとは考えたこともなかった言葉だった。
「私……すらんぷ、なんでしょうか?」
「そうなんじゃないかなって、聞いた方の俺は思うけど。俺たちも身近にあるものだからね」
すらんぷ……なら、本当は私は絵が好きなまま、描けなくなっているということなんだろうか……?
でも、もうすぐ描けなくなってから一年が経ちそうなのに……?