義兄の甘美な愛のままに~エリート御曹司の激情に抗えない~
「いや~、まいったまいった」

この日、そう言いながら入ってきたのは五十代の部長だ。
商品管理部の部長はお隣の物流管理部と兼務で隣室にデスクがある。用事があるときはドアを開けてこちらに入ってくる。

「北陸営業所、誰か行きたい人いないかぁ?」
「部長、人選絡んでるんですか?」
「人事に推薦できるやつはいないかって言われてるんだよ」

アットホームな会社なせいか、部下の男性たちから「単身赴任は嫌です」とか「部長が行くのはどうですか?」などと言う言葉があがる。
金沢に北陸営業所を作る話は入社当初から聞いていた。
関東近辺にしか営業所のない我が社には、初めての遠方営業所だ。現地採用もするそうだけど、本社からも数名人員を出すので希望を募っているそうだ。

「天ケ瀬さん、確か大学が金沢だよね。いい土地だよね。ごはんは美味しいし、気候もいいよねえ」

部長が宣伝をしてほしいのか私に話を振ってくる。私は素直に答える。

「そうですね。日本海の海の幸は美味しいです。市場もあって、新鮮なものも手に入りますし、土地の人も優しいですよ。気候は……東京よりは冬が寒いですかね」
「天ケ瀬さん、美味しいお店とか知ってるんじゃない?」
「はい。友人が就職した地元の居酒屋グループのお店は、安くて美味しいですよ」

男性社員たちが「ごはんは興味がある」と身を乗り出してくるので、部長はたたみかける。

「年齢部署関係なし! 営業所が軌道に乗るまでの一年限定勤務! そこから先、希望があれば継続勤務でも、本社に戻るでもOK! ……いい話だと思うんだけどなあ」
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