雨上がりの景色を夢見て
確かに、私はいつも〝高梨先生〟〝先生〟と呼んでいた。でもそれ以外は1度も呼んだことがないから、想像出来ない。

考えて、恥ずかしさを振り払って、やっと出た言葉は、

「…高梨さん?」

だった。

「…それだと、まだ距離が遠い気がする」

私の精一杯の呼び方に、苦笑いの高梨先生。

「…高梨先生は、なんて呼んで欲しいんですか…?」

質問してから、後悔した。高梨先生のにこにこと何かを企む笑顔が見えたから。

「俺は、夏樹って呼んでほしいけどね」

「でも、私、年下ですし… 」

流石に呼び捨てはできない。

「年下の彼女に呼び捨てされるのって、結構グッとくると思う」

今の私の顔はきっと真っ赤になっているのだと思う。

にっこり笑う高梨先生は、わたしの反応を楽しんでいるようにも見えて、少し悔しい気持ちになった。

「…せめて、夏樹さんで…」

呼び捨ては避けたかった私は、控えめにそう言って、もう飲み頃になっている紅茶をカップに注いだ。

私の言葉に、少し考え込み、優しく笑った高梨先生。

「うん、いいよ。その代わり、敬語は取ろう」

さらっと、私に新たな課題を与えてきて、わたしはもう少しで、手に持ったカップを落とすところだった。




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