雨上がりの景色を夢見て

side 藤永先生

汗ばむ彼女の額にへばりつく髪の毛を、指で掻き分ける。指先が触れるだけで、俺の心が満たされていく。

普段は凛として高嶺の花のような存在の彼女が、さっきまで俺の腕の中で乱れていたことが、まるで夢のようだ。

「シャワー浴びよう」

そう声をかけると、驚いたように目を開いた夏奈さん。

「…一緒に?」

そんなつもりは無かったけれど、彼女の勘違いに便乗して、微笑んで頷く。

ほんのり顔を赤らめて、彼女は起き上がると、Tシャツだけ着て、床に落ちた下着を拾った。

俺の手をとって、

「行きましょう…」

と恥ずかしそうに言った彼女に、俺の理性が掻き乱された。

シャワーの音が響く中、再び唇を重ね、敏感になっているお互いの身体に触れる。

彼女の甘い吐息が、シャワーの音に吸い込まれていくけれど、溶けてしまいそうな表情は俺の目にしっかりと焼き付いていく。

吐息を漏らす彼女の姿に、この14年間の想いを思い出す。

初めて、彼女が入院した時、病院内では彼女の美貌で話題が持ちきりだった。

芸能人のようなスタイルの良さに、整った顔。女性スタッフにとっては憧れであり、男性スタッフにとっては高嶺の花のような存在になっていた。

俺もその1人。ただ、あくまでも患者と医者という立場は変えようとは思わなかった。

病気と闘う1人の患者として、俺は命を救うことに専念していた。

いつも、みんなの前では笑顔を絶やさず、明るく振る舞っていた彼女が、回診時間の時に何度か目を赤くしている時があった。

『目がかゆくて、かいちゃいました』

と笑い飛ばす彼女が、誰も見ていない時に、1人で涙を流していた事を俺は知っていた。

ある時、病室前を通りかかった時に、鼻を啜る音が聞こえて、わずかに開いた扉の隙間から、ティッシュで涙を拭く彼女の姿を目にしたから。

『心配なこととかない?』

まだ医師としての経験年数の浅かった俺は、当たり障りのない言葉しかかけてあげられず、少しでも彼女を安心させたくて、穏やかな笑顔は絶やさないようにと心掛けていた。

『先生の笑顔、落ち着くの。先生でよかった』

2度目の入院で、再び担当になった俺を見て、そう言った彼女に、俺の心は完全に彼女に奪われた。

ずっと心に仕舞い込んでいた、初めて会った時に感じた気持ちが溢れ出た。

だけど、辛い病気と闘う彼女に、誠実に向き合うと決心し、再び気持ちを仕舞い込んだ。

彼女の命が、最優先だから。

生きていてほしい。
輝き続けてほしい。

そう願いながら、今日まで来た。

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