雨上がりの景色を夢見て
解放されたリビングに、一歩足を踏み入れる。

ソファーの前に立って待っていた貴史のお父さんは、あの頃と変わらない姿で、穏やかな表情を向けた。

「久しぶりだね、雛ちゃん。すっかり素敵な大人な女性になったんだね」

優しい声のトーンの話し方に、懐かしさと切なさが込み上げて来て、入り混じる。

「…お久しぶりです…。おじさん…私…っ」

泣いて言葉が出なくなることは避けたかったけれど、その気持ちとは裏腹に視界がぼやけ、喉が苦しくなった。

謝るまでは、涙を流したくない。

そう思えば思うほど鼻の奥が痛くなり、どんどん胸が苦しくなっていく中、私は言葉を絞り出した。

「…っ…ごめんなさい…っ」

震える声で、やっと自分の口から出た言葉。わたしは深く頭を下げた。太腿の前で重ねた自分の手が震えている。

貴史が息を引き取った時の、ガラス越しに見た光景が頭をよぎった。

泣き崩れた貴史のお母さんと、ぐっと歯を食いしばり、悲しみを堪えながらも、頬を涙がつたっていた貴史のお父さんの姿。

身体中につけられていた機器が外されて、身軽になった貴史の、眠っているだけのような穏やかな表情。

葬儀の時の、凛とした落ち着いた貴史のお父さんの姿を遠くからしか見ることができなかった、弱い自分。

あの時、伝えないといけない言葉だった。


「…っ…」




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