雨上がりの景色を夢見て
もう片方の手を後頭部に回して、ゆっくりと顔を近づける。

重なる唇の角度を変えて、何度も何度もキスをする。時々漏れる吐息に、頭の中が痺れていった。

ソファーの上に組み敷いて、上から彼女の顔を見つめる。

「こっちの経験値上げてみる?」

「えっ…」

明らかに動揺した彼女をみて、やっぱりまだ手は出しちゃいけないと思い、グッと堪える。

「…ごめん、冗談」

まだ湿っている前髪をかき分けて、その手で、雛ちゃんの手を掴んで起き上がらせる。

「…びっくりさせちゃったね」

熱を帯びて赤くなった雛ちゃんが、首を横へとふる。その様子が可愛くて、頬の筋肉がさらに緩む。

「ごめん。でも…我慢…結構してるよ、俺」

事実だった。いや、ほとんど俺の欲望をむき出しにしてしまっているとは思うけど、結構自分の気持ちを抑えるのに必死だった。

40前のいい大人が、こんなんでいいのか、とツッコミを入れたくなる。

そんな事を考えていると、俺の身体からそっと離れた雛ちゃんが、恥ずかしそうに口を開いた。

「…私は…もう少しで覚悟が出来ると思います…」

「えっ…」

雛ちゃんの言葉に、驚きと嬉しさが入り混じる。同時に少しずつ、俺の存在が、雛ちゃんの中で大きくなっていると確信できて、安心していく自分がいる。

貴史くんには、この先も絶対に敵わないし、同じ土俵に立とうとも思っていない。

だからこそ、彼女と共に過ごす時間の中で、俺の存在できる居場所が確立されていることに安堵する。

その居場所で、彼女に触れ、彼女を満たして、共に、充実した人生を送ることが最大の幸せだと思っている。

隣に座る彼女のうなじが目に入る。視線をゆっくり移すと、首元が大きめに空いていて、ゆったりとしたTシャツだから、少し動くと、肩甲骨ラインまで見える。

チラッと見えた左肩の傷痕。

これが事故の時にできた傷か…。

貴史くんを失った心の傷と共に残っているもの。貴史くんが命をかけて守り抜いた証。

Tシャツをずらし、左肩が見えるようにしてそっと指先で傷に触れる。

「…そ、そこは」

「雛ちゃんの生きてる証」







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