雨上がりの景色を夢見て
けれど、母はあえてその話題は口にしない。貴史が居なくなってから、私にそう言った類の話は一切しなくなった。

母の気遣いに、どのような態度でいることがが正解なのか、今だに私は分からない。

「…仕事は、少しは落ち着いた?」

母は、お茶請けのクッキーをつまんで尋ねた。

「うん、だいぶ」

今になってみて、母はバリバリ働いていたことがとても凄いことだと身に染みてわかる。恋愛絡みで、母との関係は良くなかったけれど、家事をおろそかにすることはなかった。

仕事で疲れて帰ると、自分の事でもさえ面倒臭くて手抜きをしてしまうことを考えると、素直に母はすごいと思う。

仁さんと結婚してからは、すっかり専業主婦となった母だけれど、その分、今まで以上に家事を完璧にこなし、家の中には埃ひとつ落ちていない。

「…雛のお誕生日、ちゃんとお祝いしてあげてなくて、ごめんなさい」

「えっ」

母の思いがけない言葉に驚いて、クッキーにのばしかけていた手を止めた。






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