雨上がりの景色を夢見て
毎年、〝おめでとう〟と一言書かれたメッセージカードを裏返し、〝ありがとう〟と書いて、テーブルの上に残していた。

当時の私達はこのやりとりが精一杯だったのだと思う。

「…あのケーキ、どこのお店のだったの?」

甘すぎず、さっぱりとした後味のケーキだったのを覚えている。可愛らしいデコレーションで、毎年デザインも違かった。

「T駅の裏通りにある小さな喫茶店のものよ。仁さんの勤めている会社の近くの。ほら、賢さんが働いているお店」

「え?あそこのケーキだったの?」

まさか、既に私の知っているお店のケーキだったとは気が付かず、とても驚いた。

「今はもう引退しちゃったんだけど、あのお店で働いていたシェフは元々パティシエで、お母さんが小さい頃は別の所で洋菓子屋さんを開いてたの。お店閉めてた時に、あのお店で働くって聞いてたから、雛のケーキはそこでお願いしようって思ったのよ」

そんな理由があったなんて、思いもしなかった。母と縁のあるお店だったと知って、少しだけ嬉しくなる。

「私、あのケーキ好き」

そう言った私の言葉に、母は優しく微笑んだ。







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