雨上がりの景色を夢見て
「…これ…よかったら食べて」

やっと言葉を絞り出して、小さな手提げの紙袋をテーブルの上に置く。

「…水羊羹か」

「うん。好きだったって…お母さんが…」

今日、会いに行くと伝えた時に、母が電話の切り側に教えてくれた。

会わないと決めていた母の、せめてもの気持ちだったのだと思う。

「そうか…こんな俺の好物覚えててくれたのか…」

申し訳なさと、嬉しさの混じりあった表情でそう呟いた父はものすごく小さく見える。

「…こんな俺って……、私の実の父でしょ…」

励ますつもりでそう言ったけど、私の言葉に反応した父の目尻が、涙で濡れていることに気がつき、私はさらに苦しくなった。

「…雛…ごめんな。父さん、お前のこと苦しめてばっかだったな」

「えっ…」

苦しめてた…?私のことを…?

違う。苦しんでいたのは、母だったはず。私は、何も苦しんでなんか……

「酒飲んで、怒鳴ってただろ…。物も投げつけた…」

父の言葉を聞いて、私の心に衝撃が走った。一気に色々な記憶が蘇ってくる。







『やめて!』

『うるさいっ!お前が悪いんだ!』

ガシャーン

ドンッ

父と母が言い争い、床に落ちて割れる食器や、突き飛ばされて壁にぶつかる母の姿。

それを見ていた私にも、父の怒りがぶつけられる。

『何見てるんだ!部屋に行ってろ!』

私の立っていたすぐ近くの壁に投げつけられた雑誌類。

私は震える足で、自分の部屋へと逃げ込み、真っ暗な部屋の中、机の下で小さく縮こまって震えていた。






あの夢は、私の幼い頃の記憶だった。

全てが繋がり、目の前の父に恐怖心が芽生える。

思い出して、心臓がバクバクして胸が苦しくって、手がかすかに震えたのが自分でも分かった。

「…も、もう…昔のことよ…。いまそう思ってくれてるなら…もういいから…」

私の精一杯の返答だった。




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