雨上がりの景色を夢見て
『雛、おいで』

逆光の中、しゃがんで両手を広げて私の名前を呼ぶ父の声。

ゆっくりとゆっくりとよちよち歩きの私が、父の胸元へ辿り着くと抱き抱えて高い高いをしてくれた。

幸せだった頃の時間。

『ふざけるな!』

『出て行け!』

ガシャンッ

ガラガラガシャーン

『やめて!』

耳を塞ぎ、恐怖の時間が過ぎるのをじっと我慢して待っていた暗闇の中。

どうして、同じ家庭なのに、同じ人なのに、こうも違う時間が流れていたのだろう。

苦しみと悲しみに胸が押しつぶされそうになる。








んっ…

ゆっくりと目を開けると、真っ白な天井と、囲まれたカーテンが見えた。

病院…?

あっ…私、気持ちが悪くなって…きっとそのまま倒れたんだ…。

「…雛…」

私の顔を心配そうに覗き込む高梨先生に、私は驚いて上体をおこす。

「ダメだよ、急に起きちゃ」

慌てて私を無理やり寝せる高梨先生。私は自分の腕に点滴が刺さっていることに気がつき、驚く。

「貧血と心労だって…」

貧血…。しばらく体調良かったんだけどな…と思いながら、食生活が少し乱れていたなと反省した。

「疲れてたんだよ。まだ点滴終わらないから、もう一度寝たら?俺、ずっとそばにいるから」

ドクンッ

あの時と似たセリフに、私の動悸が止まらなくなる。

寝て起きたら、貴史が倒れていたあの時と一緒だ。

私は慌てて起き上がって、点滴の針が刺さった腕で、高梨先生の腕をがっしりと掴んだ。


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