雨上がりの景色を夢見て
一歩タイミングがずれていたら、雛も貴史くんの後を追っていたかもしれない。もし、そうだったら、俺はこんなに幸せな時間を過ごしていなかったんだと考えると、触れたくて、触れたくてどうしようもない衝動に駆られた。

今、目の前にいる雛の姿を目に焼き付けておきたい。

そこまで不安に思っていることなんてないのに、そうしておかないと、いつか後悔してしまうようなそんな焦りが心の中に残っている気がした。

些細な雛の表情を見逃したくなくて、雛の顔をマジマジと見つめると、不思議そうに俺を見つめ返す雛。

ふと、

「…夏樹さん…いつもと…違う…」

と呟いた。

ドキッとして、微笑みを向けると、まだぼーっとしながらも、首を傾げて不思議そうにしている。

雛の前髪をかき上げて優しくおでこにキスを落とすと、ほんのりと頬が赤く染まった。

「…雛が目の前にいることが幸せすぎて、逆に当たり前だって思っちゃいけない気がしたんだ…」

雛は、俺の目を潤んだ瞳で真っ直ぐと見つめた。そして、俺の頬をひんやりとする手でそっと包み込んだ。

「…私が…死んでいたかもしれないから…?」

ドクンッと心臓が大きな音を立てる。

まっすぐな瞳に吸い込まれそうな感覚に陥りながら、俺は静かに返事をする。

「…うん」





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